イスラエルとハマスが11日間戦争で停戦合意に達した。圧倒的な損害を受けたハマスだが、今回の“戦争”に伴うメリットは大きい(写真:AP/アフロ)

聖なる日における宗教間の争いで起こった“11日間戦争”の顛末

 5月10日に始まったイスラエルとハマスの「11日間戦争」は、次に述べるような宗教イベント中のユダヤ人とアラブ人のいさかいに端を発している。

 4月13日のラマダン開始直後から、イスラエルが併合している東エルサレムではユダヤ人とアラブ人による小競り合いが起きていたが、5月6日にイスラエル最高裁がシェイク・ジャラ地区に住むパレスチナ人6家族に対して、立ち退き命令を出したことで情勢は悪化の一途を辿った。シェイク・ジャラ地区はアラブ人が自分たちの土地と信じている場所である。

 まずコーランが天国から降りてきたとされる5月7日(運命の夜)、次に1967年の第3次中東戦争(6日間戦争)でイスラエルがエルサレムを再統一した記念日(エルサレムの日)である5月10日にかけてユダヤ人とアラブ人がデモで交錯。イスラエルの警察や軍がイスラム教徒に対してスタンガンや催涙ガスなどを使用したため、いさかいがエスカレートした。

 そして、5月10日午後6時にイスラム組織ハマスがイスラエルに対してロケット攻撃を開始。その後は双方の攻撃が続いたが、エジプトの仲介により、5月21日午前2時に停戦となった。英BBCによれば、パレスチナ・ガザ地区では子供66人を含む248人が死亡し、1900人が重傷を負った。イスラエルは子供2人を含む12人が死亡した。

 パレスチナ自治区の難民支援を行っているノルウェーの難民評議会(Norwegian Refugee Council:NRC)のヤン・エグランド委員長に聞いたところ、住宅1000軒が全壊し、1万3500軒が被害を受けたという。この復興には1~2年、金額にして数十億円がかかると試算しており、直ちに米国と国連に支援要請したとのことだ。

 今回の11日間紛争による被害はガザ地区が圧倒的に大きい。だが、ガザ地区を実効支配するハマスは停戦の受け入れと同時に勝利を宣言した。イスラエルも勝利宣言を出しているので、両者が勝利を宣言する奇妙な形で終わっている。

 ハマスは聖なる日に始まった今回の紛争は神の意志であると主張しており、今回の勝利宣言にはパレスチナ自治区における政党としての人気を高めるという意味合いがある。加えて、米国との緊張緩和が進みつつあるイランからの支援を増やしてもらうためにも勝利宣言が必要だった(理由は後述)。

 なお、東エルサレムやガザ地区では、5月21日以降もイスラエル軍が暴力行為をする市民を取り締まっており、停戦が短期間に終わるとする見方も残っている。