(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
米国バイデン政権の「インド太平洋調整官」という新設の枢要ポストに任じられたカート・キャンベル氏が、中国政府と関係のある米中友好団体の幹部をかつて務めていたとして米国メディアから批判されている。
キャンベル氏はオバマ政権のアジア担当高官を務め、日本でもよく知られる人物だが、トランプ政権が違法と断じた中国政府機関「孔子学院」ともつながりがあったというのだ。
「インド太平洋調整官」の役割とは
キャンベル氏は、民主党系の安全保障・外交専門の政治官僚として歴代民主党政権の運営に加わり、とくにオバマ政権では2009年から2013年まで東アジア・太平洋問題担当の国務次官補だった。その間、日本や中国との折衝にあたり、日本でも広く知られるようになった。
キャンベル氏はその後、民間の研究機関などで活動してきたが、この1月にバイデン政権の国家安全保障会議の「インド太平洋調整官」という新設のポストに任命された。このポストは、大統領の下で中国、日本、インド、朝鮮半島などインド太平洋の広範な領域の動向に対処し、とくにこの地域で膨張を続ける中国に対応することが主要な任務とされる。
ところがこのキャンベル氏が、中国政府とつながりのある米中友好団体「米中強財団(The US-China Strong Foundation)」(中国名「中美強基金会」)の副会長をかつて務め、同財団の創設者の一員だったことが、ワシントンの保守系メディア「ワシントン・フリー・ビーコン」および「政治リスク・ジャーナル(Journal of Political Risk)」に1月下旬に報じられた。
中国政府の広報活動を展開
両メディアによると、キャンベル氏は2016年に米国で創設された「米中強財団」の副会長を、財団創設時から少なくとも2020年8月まで務めていた。米中強財団は元々、中国系米国人の実業家フロレンス・ファン氏(中国名・方李邦琴)からの寄付金100万ドルなどによって創設され、「米中両国の若者たちを交流させ、両国の友好や交流を深めること」を活動目的としてきた。しかし、同財団は実際には中国政府との関係が深く、米国内で以下のような活動を展開してきたという。
・2017年8月、米中強財団は中国人民解放軍創設90周年の広報活動を展開した。米国で習近平主席の人民解放軍礼賛の演説の英訳を発表し、多くの人の目に触れさせようとした。
・同時期に同財団は、中国政府の推進する「一帯一路」構想についてのキャンペーン活動を行い、その利点や美徳を強調する広報作戦を展開した。
・2018年3月には、ワシントンの全米記者クラブ内で、米国にある孔子学院本部との共催で「米中高等教育の40年間の交流成果」というタイトルの討論会を開いた。この時期にトランプ政権の司法当局は、米国内での孔子学院の活動に違法行為がある疑いから捜査を始めていた。
キャンベル氏は以上のような米中強財団の活動の実態を知りながら黙認、あるいは奨励した疑いが濃いという。
もちろん、米中間の交流を促進したり、中国政府の主張を米国側に広く伝えること自体は犯罪ではない。しかし、中国政府が米国にとって有害な活動を展開するプロセスにおいて 米国側の学者、あるいは旧政府高官がその活動に加担することには少なくとも道義的な問題がある。まして、バイデン新政権の対アジア政策の枢要部門で中国の国際規範違反などに対処することになる人物が、そのように中国と密接に関わっていたことは問題だと報道は指摘する。
「中国共産党の対米工作機関」に協力?
ワシントン・フリー・ビーコンの記事は、キャンベル氏の中国との絆、あるいはその疑惑に対する批判として、米国政府の情報機関で中国の対米工作などの調査に当たった経験を持つというアンダーズ・コア氏の以下のような論評を紹介していた。
「米中強財団は、中国共産党の対米工作機関の性格があると言える。表面的には米中両国間の『関与』『協力』『理解』という標語を唱えるが、実際には違法行動も含めて水面下で米側の官民に影響力を行使する多様な工作を進めている。米国の新政権の中国政策を担当する高官が、そうした組織の中枢にあったことには問題がある。改めて実態を調査することが必要だろう」
保守系メディアからの民主党のバイデン政権の高官に対する以上のような批判が、党派性、政治性を帯びたものであることは、もちろん念頭に置く必要があるだろう。だがそれを踏まえたとしても、こうした論議が表面に出ること自体が、中国の対米工作の広範さや、中国への政策をめぐる民主党と共和党、リベラルと保守の対立の激しさを表していると言えるだろう。