(武居 智久:日本戦略研究フォーラム顧問・元海上幕僚長、元海将)
2018年1月の米国国防戦略から始まった大国間競争の荒波はすでに南シナ海全域を覆い、台湾に激しく打ち寄せ、尖閣諸島を洗っている。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延を契機にして中国は対立的・攻撃的な修辞を多用する「戦狼外交」を世界中で展開し、中国政府は中国国務院外交部の報道官はもとより、世界中の在外中国公館の高位外交官を動員し半ば脅迫的な手法で相手国政府に圧力かけ続けている。たとえば、中国政府はCOVID-19の発生源の解明を求めるオーストラリアに対し、まず小麦の輸入を止め、続いて牛肉を止め、ワインを止めた(注1)。
その一方で、中国の一部メディアは、戦狼外交に批判的な西側諸国を念頭に、戦狼外交のスタイルは中国の国際化と市場によって世界的に中国の影響力が増しているためであり、30年間続いた韜光養晦の原則と矛盾するものではなく、むしろ微妙な変化であると擁護した(注2)。こうした戦狼外交が、中国が特異な政治体制の国であることを世界各国に認識させたことは間違いない。
厳しさを増す日本の戦略環境
東シナ海では中国海警局船舶が尖閣諸島の接続水域と領海への侵入と滞留を繰り返している。昨年(2019年)11月からの1年間で延べ1185隻が336日(年間の92%)にわたって接続水域等に侵入し、特に4月から8月にかけてその行為は連続111日間に及んだ(注3)。接続水域等への侵入と滞留する傍らで、中国海警局船舶は尖閣諸島領海内で操業中の日本漁船に接近し追尾する行為を度々行い、11月に至って日本漁船に海域から退去するよう警告するなど、現状変更の試みを徐々にエスカレートさせている(注4)。この事案が発生してから約2週間後に来日した王毅外相が共同記者会見の場で、日本漁船を念頭に「偽装漁船が繰り返し敏感な海域に入っている」と海警局の行為を正当化したことに対して、当然ながら政治家は超党派で反発した(注5)。
北朝鮮はCOVID-19の陰でミサイル開発を継続している。防衛省によれば、北朝鮮は開発速度を落とすことなく、関連技術の高度化と固体燃料の使用によって隠密性と機動性の向上を図り、また弾道を低く抑えた発射方式など、弾道ミサイル防衛網の突破を企図していると思われる発射実験を、新型短距離ミサイルを使って行っている(注6)。こうした高度技術は長距離ミサイルにも応用される可能性がある。仮にこうした高度技術を導入した長距離ミサイルが第6回核実験(2017年9月)で使用した広島型原爆の10倍ともいわれる核弾頭を搭載した場合、我が国に対する脅威は計り知れないものとなる。