『長篠合戦図屏風』(部分)(Wikipediaより)

(城郭・戦国史研究家:西股 総生)

◉「鉄砲は戦国合戦をどう変えたか?(前編)」はこちら

鉄砲とその他の武器の大きな違い

 弓矢、刀、薙刀、槍。

 中世の戦場で用いられてきた武器は、どれも使う者の筋力や技量が、威力に直結するものだった。飛び道具の弓であれば、射程や貫通力にすぐれた強い弓を引くには、大きな力と鍛錬が必要となる。

 だからこそ、武士という人たちの存在意義があったのだ。武士とは「武」をなりわいとする人たち、つまりは戦いや殺生のプロフェッショナルだ。また、武士たちは、自分の領地を持ち、そこから年貢を取って生活する支配階級でもある。当然、庶民とは栄養状態も生活スタイルもちがう。だから、武家の男子に生まれた者は、幼いころから心身を鍛え、刀・槍・薙刀・弓・馬術など、武芸百般を仕込まれて育つ。

 もちろん、この時代は庶民も普通に武器を持っている。鳥や獣を弓で狩ることもあるし、隣村との争いとなったら、すぐに刀や槍が持ち出される。けれども、彼らが振りかざす「武力」は、武士たちのそれとは、威力も技量もくらべものにならない。たとえていうなら、草野球のピッチャーと、プロ野球のピッチャーの投げる球のようなものだ。

 ところが鉄砲は、ひととおりの操作をマニュアル的に覚えてしまえば、誰でも同じ威力を手にできる。銃身を構えるだけの体力と、人並みの視力さえあれば、百姓だろうが失業者だろうが、戦力になれるのだ。しかも、百戦錬磨の剛勇の武士を、離れた場所から一撃で倒すことができる。

 もちろん、鉄砲はとびきり高価な武器だ。入手ルートだって限られていたから、庶民がおいそれと買うわけにはゆかない。でも、資金力のある大名や大寺社が鉄砲を買って、金で雇った傭兵に持たせたら・・・。

 時は戦国乱世。町が焼かれたり、田畑が踏み荒らされたりするのは、日常茶飯事だ。食いつめた者、その日暮らしのフリーターのような者など、掃いて捨てるほどいる。その連中を金で集め、いや、金など大して払わなくても、メシを食わせてやるといえば集まってくる。そんな連中をアルバイト兵として雇い、鉄砲操作マニュアルをたたき込めば、戦力になる。鉄砲足軽のできあがりだ。

 武士の場合、大名が領地を与えるなり、もともと彼らが持っていた領地を保証するなりして、主従関係を結ぶ。彼らが戦いで手柄を立てれば、新しい領地を褒美として与えなくてはならないし、戦死しようものなら、遺族に対する手当も必要だ。武士は「個の力」は大きいが、家臣として抱える大名の側から見れば、終身雇用のコストがかさむ。

「七本槍」が活躍した賤ヶ岳の戦いを描いた錦絵。歌川豊信『賤ヶ嶽大合戦の図』(Wikipediaより)。「七本槍」の多くは、こののち大名に出世していった。

 これに対して、鉄砲足軽の場合は、鉄砲という設備投資は大きなコストだが、人件費は格安で済む(弾薬はランニングコストとしてかかるが)。雇う側からしてみれば、もともとどこの馬の骨かわからないような連中だから、死のうが、負傷して障碍が残ろうが、知ったことではない。

 つまり、初期投資と引き換えに、格安の人件費+マニュアル訓練で大きな戦力を得られるのが、鉄砲という武器の画期性だったのである。つづく戦いの中で、つねに消耗した戦力の補充を考えなければならなかった戦国大名たちが、鉄砲に飛びついたのは当然だったのだ。

 

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