「コンプライアンス」とは、企業活動のすべてにおいて社会の模範となるよう行動することを意味する。コンプライアンスを守るということは、法律や条例を守ることはもちろん、倫理、道徳(モラル)を守り、社会に貢献するということになる。近年、企業の不祥事が続発し、その結果テレビや新聞のニュースで「コンプライアンス」という言葉を目や耳にする機会が増えた。コンプライアンスは、経営層や法務担当者だけでなく、従業員一人ひとりに関係する重要なキーワードだ。本記事では、「コンプライアンス」という言葉がどういうことを意味するかを解説し、コンプライアンス違反の事例や、コンプライアンス違反を犯さない企業を作るために必要な取り組みなどを紹介する。
「コンプライアンス」とは? 法律を守っていれば良いのか?
「コンプライアンス(compliance)」という言葉を英和辞典で調べると、「従うこと」や「順守」、「規則などに適合すること」といった意味になる。企業経営の場では「法令遵守」と解釈することが多いが、実際に意味するところはもう少し幅広い。法律や条令を守るだけでなく、道徳的、倫理的に正しく行動すると解釈すべきだ。一言で表現すれば「模範となる」ということになる。「法律や条令を犯さなければ何をしても良い」というわけにはいかない。
●なぜ企業が「コンプライアンス」を重く見なければならないのか?
企業がコンプライアンスを守り、社会の模範となるよう行動することには、「社会や地域、消費者からの信頼を得る」という大きな意義がある。企業が活動する直接の目的は、少しでも多くの利益を得ることにあるが、社会や地域、消費者からの信頼がなければ企業として長く活動することはできない。
法令違反などの不祥事が明るみになれば、その企業は信頼を失い、取引相手や消費者などから相手にされなくなる。その結果、企業規模の大幅な縮小、あるいは企業の消滅といった事態を招く可能性もある。また、一度失った信頼を取り戻すために多大な損失と長い時間がかかってしまう。
●なぜ「コンプライアンス」という言葉が注目を集めているのか?
企業経営でコンプライアンスを守ることが重要になった理由をたどると、日米貿易摩擦に端を発していることが分かる。高度成長期の日本では、政府がさまざまな規制をかけることで国内企業が活動しやすい状態を作り、保護していた。政府の保護を受けて日本企業は業績を大きく伸ばしたが、アメリカとの貿易で日本ばかりが利益を得る結果を招いた。
アメリカ政府はこの状態を解消するために、各種規制を撤廃し、日本国外の企業も日本企業と同じ条件で、公正な競争ができる環境を作るように日本政府に圧力をかけた。日本政府はアメリカ政府の要求に対し、日本電信電話公社(電電公社)、日本国有鉄道(国鉄)、日本専売公社の3公社を民営化するなど、規制緩和を進めてきた。
規制緩和の結果、かつては参入できなかった領域に民間企業が参入できるようになるなど、企業は自由な活動ができるようになり、アメリカ政府が望んだように日本国外の企業も日本企業と同じ条件で公正な競争ができるようになった。
ただし、自由には責任が伴うものだ。国籍を問わず、企業は日本国内で自由に活動できるようになったが、同時に自身の活動に責任を持つことも求められるようになった。この動きに合わせるように、日本政府も企業が自己責任を果たすことや、情報を公開することを求めるよう法律改正を進めてきた。2006年5月の改正会社法では「資本金5億円以上もしくは負債総額200億円以上の企業は、適正な業務の遂行を確保するための体制の構築」を義務づけた。
●バブル崩壊で、目先の利益を優先させる企業も
企業経営で「コンプライアンス」が重要になってきた理由としては、バブル崩壊も挙げられる。不況に陥った日本では、企業はかつてのように簡単に利益を上げられない。その結果、目先の利益を優先させて産地偽装や粉飾決済などを起こす企業が増加し、不祥事を報じるニュースがメディアを賑わせるようになってしまった。企業の不祥事が増えれば、法律や条令を守るよう厳しく糾弾する声が高まるのは当然の結果と言えるだろう。
こんなことをすると「コンプライアンス」違反になる
企業のコンプライアンス違反の実例を見ていくと、4種類の問題が特に多発していることが分かる。以下、それぞれ解説していこう。
●敏感な消費者が増加、個人情報流出
かつては、自身の電話番号などの情報が他人に伝わったとしても、怒る消費者は少なかったが、近年は自身の個人情報の扱いに敏感な消費者が増加した。その結果、個人情報を外部に流出させた企業が信用を失い、多大な損失を被る例も増えた。個人情報流出の代表例としては、2014年7月に発覚した、ベネッセ・コーポレーションの事件が挙げられる。
この事件では、同社のグループ会社で働いていた派遣社員が顧客の個人情報を持ち出し、名簿業者に売却していた。後の調べで、「進研ゼミ」を利用している子どもや保護者の氏名、性別、生年月日、住所、電話番号など、最大で3500万件以上の個人情報が流出したことが判明している。
ベネッセ・コーポレーションは、流出した個人情報の該当者すべてに500円分の金券を提供するなどの形で補償に努めたが、多大な支出を余儀なくされた。さらに、事件をきっかけに大量の顧客離れが起こり、同社は膨大な赤字を抱えることになった。
●「ブラック企業」という新語も発生、労働問題
バブル崩壊で、企業は利益を上げることが難しくなり、従業員に無理な目標を課したり、不当な理由で従業員を解雇したりするなど、従業員を軽視する企業が増加した。あまりに従業員の扱いがひどい企業を指す「ブラック企業」という新語が生まれたほどだ。無理な目標を押しつけられた従業員は、労働基準法違反となるほどの長時間労働を余儀なくされ、精神的な不調に陥り、突然離職してしまったり、最悪の場合は自殺してしまったりすることもある。
このような問題の代表的な事例としては、2015年に広告大手の電通が起こした事件が挙げられる。女性新入社員に過大な業務を押しつけ、長時間の残業を余儀なくさせた事件だ。この結果、女性新入社員は過労で自殺してしまった。1ヵ月当たりの時間外労働時間は105時間を超え、労働基準監督署が労災と認定している。
また、性別を理由に従業員を不当に扱うセクシャルハラスメントや、上司が自身の強い立場を悪用して嫌がらせをするパワーハラスメントなど、様々な嫌がらせも増えた。ただし、嫌がらせの問題については加害者に悪意がなく、その行為が嫌がらせに当たると知らなかったという例が多い。これは、法律が禁じた行為ではないことが理由の1つとして考えられる。
●バレなければいいでは済まされない、不正会計
不況で業績が悪化し、赤字に陥る企業も少なくない。また、ベンチャー企業など新興企業は、投資家からの資金を得るには急速な業績向上が必要になる。このような事情から発生してしまう不祥事が粉飾決算などの不正会計だ。
不正会計の代表例としては、2004年にライブドア(当時)が起こした事件が挙げられる。2004年9月期の連結決算で、実際は3億円の経常赤字だったところを、違法な計上で53億円の経常黒字と偽った事件だ。架空の売上を計上したり、売上高として計上してはいけない自社株売却益などを計上したりするなどの手法を悪用して、黒字であると偽装していた。
不正の情報を得た東京地検特捜部は2006年1月、ライブドアの本社に強制捜査が入った。強制捜査の報道を受けて、ライブドアの株価は暴落し、株主が多大な損失を被った。また、強制捜査後の2006年1月に証券取引法違反の容疑で社長と役員3名が逮捕された。役員2名は執行猶予付きの実刑判決となり、役員1名は実刑判決が確定。社長は最高裁まで争ったが、実刑判決が確定している。
法人としてのライブドアも、2億8000万円の罰金が科され、東京証券取引所マザーズから上場廃止となった。さらに、一部グループ会社が離脱したほか、子会社数社の売却を余儀なくされるなど、企業規模縮小が続き、最終的には他社に吸収されて消滅した。
●横領や備品持ち出しなど個人の問題も無視できない
さらに、従業員など個人が犯す不祥事も数多い。社内で保管している現金や収入印紙などを盗み出せばもちろん犯罪だ。また、会社支給の備品を持ち帰り、他者に売却して利益を得るなどの行為も犯罪となる。厳密に言えば、売却しないとしても、持ち帰って業務に使わず私用としてしまった時点で業務上横領となる。
さらに、無断残業もコンプライアンス違反となる。労働基準法は、労働者の労働時間が法定労働時間を超過したときに、超過分の割増賃金、いわゆる残業代を支払うことを企業に義務づけている。何の目的もなく無断で残業すれば、残業代目当てと見られてしまう。
さらに、残業代を受け取らない「サービス残業」もコンプライアンス違反だ。この場合、労働者が残業しても、企業が残業代を支払う義務を果たさなかったとして、労働基準法違反となってしまうのだ。残業は、必要なときに限り、上司の了解を得てからということを忘れてはいけない。
企業内で個人が不祥事を犯した場合、上司も管理監督不行き届きとして処分を受けることがある。部下を信用することは大切だが、横領などの犯罪に手を染めないよう、最低限の監視も必要だ。