「社内に感染者が出たらどうするか?」から
 今後のビジネスの在り方に相談内容が変化 

──新型コロナに関連する情報をグローバルに収集・分析するクライシスマネジメントの専門家として、企業からのどのような問い合わせに応じているのか。 

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 

フォレンジック&クライシスマネジメントサービス統括  パートナー  三木 要氏

杉山:中国の武漢がロックダウンしたのが1月下旬のこと。現地には自動車関連の日系企業が多くあり、まずはそうした企業から、現地がどうなっているのか、デロイト トーマツ グループの持つ情報と分析を教えてほしいといった問い合わせがありました。その後、感染拡大が欧米にも及び、海外子会社を持つ日系企業がオペレーションを止めて、今後の資金繰りについて考える必要に迫られる中で、各国政府の支援や補助がどうなっているのか、具体的な申請の方法などについて知りたいということで、われわれも現地事務所に連絡を取って確認しました。 

三木:その後国内では、早いところで3月上旬ぐらいから、感染者がもし社内で出たら、どう公表すればいいのか、そもそもメディアにリリースした方がいいのか、リリースするのであればどういった文言がいいのか、といった問い合わせが多くなりました。これに関連して、保健所とのコミュニケーションはどうすればいいのかといった実務的な問い合わせも増えました。 

 経過に変化があったのは、緊急事態宣言の発令後です。給付金や補助金は活用するものの、緊急事態宣言が解除されるまで事業を維持できるか。そうした相談が増えてきました。

──中堅・中小企業にとって、ここまで一気に需要が消失することはまさに想定外であり、経営環境は非常に厳しい。事業の継続、回復を経て、再び成長軌道に乗せるにはどうしたらよいのか。 

三木:ウィズコロナ、アフターコロナの世界では、ソーシャルディスタンス(社会的距離)を維持しなければいけないため、一部の企業においては現在も在宅勤務が常態化しています。ただ、このことは中堅・中小企業にとって、むしろ優位に働くと見ています。 

 今まで地方にある企業が東京、大阪の大企業と商談を行うには、飛行機や新幹線に乗って、実際に面談する必要がありました。ところが、もはや時間とコストをかけて出張しなくても、オンライン会議システムを活用すれば日程や時間帯をフレキシブルに商談ができます。秀でた製品やサービスを持つ企業であれば、規模や物理的な距離に関係なく、さまざまな企業にアプローチできるビジネス環境が共通認識(新たな日常)になったのです。  

 今まで「都市部一極集中はよくない」と言いつつも、実際は誰もが「都市部に出ないと始まらない」と考えていました。それが、コロナを契機に意識改革が起こり、この20年ぐらい遅々として進んでいなかった、地方におけるスマートシティー構想が一気に進む可能性が出てきました。 

杉山:そうした明るい材料もあると同時に、まだまだ現状はモザイクの様相を呈しています。例えば、スーパーマーケットなどは前年比プラスですし、飲食もデリバリーサービスを上手に活用したところはそれなりの成果を挙げています。一方、厳しいのは運輸、自動車、アパレルなどです。

 今、それなりの対応ができている企業は、ビジネスモデルを変えることより感染者を出さないよう留意しながら、ビジネスを継続することが関心事でしょう。しかし、それでよいのか、という観点もあります。 

 コロナ禍で顕在化した経営課題の1つに「IT基盤整備の再検討」があります。コロナ前なら、まずはPCの導入・刷新から、という企業もあったかもしれませんが、コロナ後の世界ではそうも言っていられません。企業経営に欠かせない業務システムの導入はもとより、その機を捉えて業務プロセスやビジネスモデル自体を見直す時が来たといえます。  

 最近はテレワークの実現ばかりに注目が集まっていますが、コロナ禍の長期戦も見据えたIT基盤の整備がますます重要になります。例えば当社では、すべてVDI(仮想デスクトップ)化しており、自宅やクライアント先でも、当社貸与パソコンから適切なシステムに安全にアクセス可能で、事務所にいるのと同様の環境が用意されています。ただ、ここまでの水準に一気に到達するのは、コストも含めて難易度が高いのですが、IT基盤構築は将来のための投資、すなわち3つのRでいえば次への「予防」と位置付け、マネジメントに関わる方にはしっかり意思決定してもらいたいと考えています。 

「100年に1度」は「10年に1回」 
予防策を考え、可視化しておくこと 

──改めて日本の中堅・中小企業の経営者にメッセージを。 

三木:コロナで分かったことは、「ブラックスワン」は本当にいるということです。今回は企業にとって外部要因でしたが、一方で不正・不祥事など、企業の中にも「ブラックスワン」は存在します。つまり、「ブラックスワン」はどこにでもいる。これをまずは明確に認識することです。 

 「どこにでもいる」と認識できたら、後は「どう対応するか」です。「そうはいっても、何が来るか分からないのにどう準備すればいいのか」という声もあるでしょう。肝心なのは、原因ではなく、自社にとって一番困る事象は何かを考えることです。その対応策を準備するのです。例えば今後、コロナと同じようなことが起きた時に、今回以上の被害を回避するためにはどういう予防策を実行すればいいのかを考え、文字や図式などに落とし込んで可視化し、関係者で共有しておくことが大事です。それをやっておけば、まったく違う事象が起きたときでも応用が利きます。 

杉山:大規模な危機に見舞われると、よく「100年に1度の未曽有の危機」と言われますが、例えば大地震について見れば、1995年の阪神・淡路大震災から、2011年の東日本大震災まで16年しか経っていません。経済危機では、1987年のブラックマンデーによる株価大暴落から2008年のリーマンショックまで21年です。感染症で見れば、前回の新型インフルエンザ流行の2009年から今回の新型コロナウイルス感染症によるクライシスまで、わずか11年です。つまり、未曽有のクライシスは100年に1度などではなく、20年に1度、事象によっては10年に1度程度の頻度で起こると認識を改めた方がいいでしょう。例えば今回のコロナウイルスとは別の新たなウイルスによるパンデミックも近い将来に必ずやってくると考えてよいでしょう。企業経営者は、クライシスに対する覚悟と十分な準備を持って経営する時代が来たのです。