安倍晋三首相は東京都や大阪府を除く39県で、新型コロナウイルス感染に伴う緊急事態宣言を解除すると表明した。大阪府、京都府、兵庫県の関西2府1県でも解除に向けて検討が進むなど、懸念された感染拡大は落ち着きつつある。他方、未曾有の緊急事態宣言と、それに伴う自粛要請は今なお経済に深刻なダメージを与えている。感染第一波に一区切りがつこうとしている今、緊急事態宣言という判断の是非について、国際政治学者の三浦瑠麗氏に話を聞いた。(聞き手は結城カオル)
「緊急事態宣言は不要だった」
──東京都の小池百合子知事は政府の緊急事態宣言が続く5月31日まで、都内の外出自粛や休業要請の解除や緩和を実施しない方針を示しています。三浦さんは最近、ツイッターで自粛経済を批判しています。緊急事態宣言とそれに伴う自粛経済についてお考えをお聞かせください。
三浦瑠麗氏(以下、三浦):私は緊急事態宣言は不要だったと考えています。日本は初期段階でコロナを警戒した人が多く、既に2月の段階で飲食店や宿泊施設などは打撃を受けていました。ダイヤモンドプリンセス号での集団感染が判明した1月下旬から客足が途絶えていたというお店もあります。このように経済的に自粛し始めていた段階で、あえて緊急事態宣言を発令する意味がどこまであったのかという疑問があるからです。
今回の緊急事態宣言には、医療体制を拡充させるまでの時間を稼ぐという面と、クラスター対策班がクラスターを追える規模まで感染者数を減らすといった目的がありました。前者の時間稼ぎという点は理解できますが、その際に重要な参考データとなるはずの東京都の重症患者の病床占拠率が間違っていたことがこのほど明らかになりました。緊急事態宣言延長直前に、専門家会議が医療リソースは引き続き逼迫しているという見解を表明しましたが、その基になった情報自体が部分的に不正確だったということです。後者はクラスター対策班の目的であって、それを実現した結果、何の役に立つのかということが明らかにされていません。
──クラスターを放置すると指数関数的に感染者数が増える、それゆえに感染者を追うという話でしたよね。
三浦:もちろん、水際対策としてクラスター対策班の存在は重要でした。とりわけ、感染初期のクラスター潰しには大きく貢献したと思います。「感染者の80%は人に感染させない」という知見が得られたのも、夜の街の接客業を介して感染が広がっていることを示したのも、その後の行動変容を設計できるという点で意義がありました。実態調査という意味では、とても重要だったと思います。
ただ、国の研究チームが4月に実施した新型コロナの抗体検査では、東京都内で0.6%が陽性と判定されました。検体数が少ない点を考慮に入れる必要がありますが、都の人口1400万人の0.6%ですから、単純計算で8万4000人が抗体を持っているということになります。報告感染者数の約5000人と比べてはるかに多い。それだけ、市中感染が進んでいるということです。東京大学の研究チームが実施した抗体検査でも同様の結果が出ています。
──既に、クラスター対策で追える規模ではありませんね。
三浦:全体の母数を探りたいのであれば、クラスター班で追跡するよりも、母集団から無作為に取った抗体検査の方が統計的には正しいですよね。
仮に新型コロナの致死率が高く、潜伏期間が長いということであれば、重症化した途端、死んでしまうリスクがありますので、感染者をすべて追いかける必要があります。しかし、先ほどの抗体検査の結果が正しければ、新型コロナウイルスの致死率は0.26%でインフルエンザの倍程度にとどまります。しかも、死亡者は「高齢」「男性」「持病持ち」に集中している。年間の肺炎の死亡者は約9万人。今年中に3600万人が新型コロナに感染しない限り、その数には到達しません。
──その中で、緊急事態宣言を続ける意味がどこにあるのか、と。
三浦:緊急事態宣言の負の要素として、失業者の増加や企業の損失、国内総生産(GDP)の減少が考えられます。傾向値に過ぎませんが、失業者が1%増加すると1000人以上の自殺者が増えるという統計もある。とりわけ今回の緊急事態宣言では、それまで健全に経営していた会社まで打撃を受けています。社会に対する破壊力は極めて広範に及ぶ。こういった負の側面を緊急事態宣言は正当化できるのでしょうか。私は正当化できないと考えています。