ヴァーツラフ・ハヴェルの『力なき者たちの力』。東西冷戦下のチェコで1978年に執筆され、各国で訳されてきた民主化運動不朽のバイブルだ。ハヴェルは、不条理演劇の戯曲家だが、全体主義に抗する手だてを分析し、チェコスロヴァキアで無血の民主化革命を言葉で導き、大統領にまでなった。
この本が、昨年2019年、日本でようやく翻訳刊行された。アイドル評論家としても知られる中森明夫氏は、2019年に読んで一番感銘を受け、勇気を与えられた一冊として、この『力なき者たちの力』(人文書院)を挙げている。Eテレの「100分de名著」2月期でもこの本が取り上げられる。現在の日本の状況を踏まえて、この本がなぜいま多くの日本人に読まれる必要があるのか、中森氏に聞いた。
声の上げ方を知らない日本人
――ハヴェルの『力なき者たちの力』を最も心に残った1冊とされているのはどうしてでしょうか?
中森明夫氏(以下敬称略) この本は、冷戦下のチェコで反体制知識人として幾度も投獄されたり、創作の発表を禁じられてきたハヴェルが当初、地下出版の形で書いたものです。
現在の日本という国は、かつての東欧社会主義国のような全体主義の統制下にもなく、建前上、表現の自由も認められているわけですが、いろんな場面で「忖度」であったり、過度に空気を読んで委縮する、あるいは皆で監視しあうといった息苦しい風潮が生まれているように感じます。
『力なき者たちの力』に書かれていることは何も特殊な権力下の状況ではなく、まさに日本の状況と見事に一致して見えてくる、これは日本のことを言っているかのような・・・。例えば、次のような一節があります。
〈表現の不自由は、自由の最高形態とされる。選挙の茶番は、民主主義の最高形態とされる。(略)権力は自らの噓に囚われており、そのため、すべてを偽造しなければならない。過去を偽造する。現在を偽造し、未来を偽造する。統計資料を偽造する。(略)何も偽っていないと偽る。/このような韜晦(とうかい)のすべてを信じる必要はない。だが、まるで信じているかのように振る舞わなければならない、いや、せめて黙って許容したり、そうやって操っている人たちとうまく付き合わなければならない。/だが、それゆえ、噓の中で生きる羽目になる〉
厚労省の統計不正や財務省の公文書改ざん、最近では桜を見る会のデータ廃棄から、いまや文化への抑圧(アート展の中止)にまで及ぶ日本の現状と重ねあわせて読めてしまいます。