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*本稿は、筆者による『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』の内容に新情報を加え、再構成したものです。

 私はジャーナリストになり30年たつ。東京、ニューヨーク、島根を拠点にさまざまな現場を取材してきた。ちょうど職業人生は、バブル崩壊のプロセスがそのまま職業人生と重なる。経営環境は決して良くない。そのため、窮地に陥る現場をよく見てきた。そのまま浮かび上がれない人も数知れず。時代が悪かったと恨み節をこぼす。

 一方で、なんとか再生し、羽ばたくケースもある。少子高齢化、デフレという逆風に耐え忍んで、踏ん張る。経営危機に陥る企業や地域と衰退するケースはいったいどこが違うのか。経験を踏まえていえば、答えは簡単だ。一心不乱に汗を流す、リーダーの存在が大きいと思う。彼らの情熱こそが、再生の息吹に変貌する。

「地域再生の神様」は公民館長

 大隅半島の付け根にある鹿児島県鹿屋市にも、そんなリーダーが存在する。自治公民館長、豊重哲郎だ。いわば町内会長さんである。「地域再生の神様」とも言われ、その名前は自治体関係者などで広まっている。

 豊重が再生したのは、鹿屋市の柳谷地区通称、「やねだん」だ。人口300人。鹿児島空港から車で2時間近く、直通のバスや電車もない。交通の便は決して良くないが、年間5000人から6000人が視察する。土地、水、太陽というどこにでもある地域資源に、自分たちの汗と労働を注ぎこんで、価値あるものをつくり出した。

 豊重の彼の生の声を聞きたいという人が急増し、講演依頼がひっきりなしだ。講演は講談師のようだ。抑揚を利かせる名調子。ゆっくりしゃべっていると思うと、突然早口で大きな声になる。大きな身振り手振りである。聴衆と一体感を醸し出す。自らの経験を力を込めて訴え、時には本人自身、声を詰まらせることもある。

 豊重は2007年から、全国の役所や社会福祉法人の職員らを相手に故郷創世塾を開いている。春と秋に開催されるが、これまでの塾生は1000人を超えた。

やねだん故郷創世塾で熱弁を振るう豊重哲郎氏

「リーダーは命令形で、指示をしてもだめだ」

「情熱で人を動かし、感動で感謝の心を養うことが重要だ」

「補助金頼みになると、アイデアが出てこない」

「補助金は、制約が多く自立心が失われ、真に地域のためにはならない」

 豊重の訴えは、極めてシンプルだ。同じことを繰り返し主張する。しかし、その言葉には、熱量がこもる。そのため、聴衆の中では、感涙する人も少なくない。

 豊重の地域づくりの思いは、全国に広まっているのだ。