「社内失業者」のリストラ加速
国内企業は、昭和・平成時代まではなんとか終身雇用を維持することができていたが、潜在的には余剰人員を抱えているといわれ、対象者は「社内失業者」と揶揄されてもいた。そんな彼らが、大きな時代の転換期にさしかかり、リストラ要員として外部に放逐されはじめる現象が顕在化してきている。つまり、企業が本当に必要とする有能な人材以外は、社内にとどまることができない時代がいよいよ到来したということだろう。特に、バブル期入社組で40代の中堅社員がターゲットになっているようだから、本来なら働き盛りの該当層には穏やかな話ではない。
景気の悪い企業であれば、人員削減やむなしと納得もできようが、日常的に報道されているように、国内企業の内部留保額が日本のGDPと同額、もしくはそれを上回るほどになっている最中で人員削減が断行されようとしている。正直、驚きを禁じ得ない。これまでの企業のリストラや早期退職者募集とは、それぞれ個別の事情を抱えながら実施されてきたものであった。だから、これらの前例から考えれば、現状はある意味異常事態なのである。企業の深慮遠謀なのだろうが、すでに雇用している人材を再教育したり配置転換したりして、新たな戦略的業務に就かせることに意義を見出せない企業が続出していることを示唆しているのかもしれない。
前述のとおり、これまでの企業はIT化の波といった環境の大きな変化の中で、既存の人材に投資するという手法で時代に適合する人材を自前で育成してきた。しかしながら、足下の中途採用の実態を吟味すれば、社内には存在しないケイパビリティ(才能や能力)を補うことが中心となっており、既存のコモディティ化してしまった人材を他企業へ労働移動させることがかなり難しくなっているのが透けて見える。自動車産業を例にとれば、既存の機械・電気系統の設計生産の知見をもつ社員よりも、IoTやAIなどのこれまで業界内に存在しなかった新たなケイパビリティをもつ人材が求められている。
これまでは、正規か非正規かという二項対立的な雇用形態が労働市場の中で議論の対象となってきたが、どうやら問題はそういったレベルを通り越しているようである。これは労働者側から見れば、「正規雇用として就職できたから、これで一生安泰」という安心にはまったく繋がらない時代になっていることを意味する。
一方で叫ばれる人手不足の実態とは
国内の労働力不足の深刻さも叫ばれている一方で、すでに40代からの早期退職者募集が猛烈な勢いで加速している現実を目の当たりにすると、「人手不足」というキーワードは、ある文脈上では虚構ではないのだろうか。実際には、低賃金で長時間労働をいとわず、社会保険にも加入しないで働いてくれるような人材や、建設土木関係の現場や介護事業といった身体的に負担の高い業務に従事してくれる労働力など、特定分野の人材が圧倒的に不足しているだけである。結果として、サラリーマン経験しかないようなごく普通の一般的な人たちが社会に出て働き、それなりの報酬を安定的に確保できる状況はまったく実現できていない事実が現実社会に浸透しつつある、ということだ。すでに国内でも、Uber Eatsといった業務委託契約方式が登場しているように、現在の「非正規雇用」とは異なる意味で雇用形態のギグエコノミー化が進展していかざるを得ないのかもしれない。
時代の移り変わりと共にせまられる価値転換
このように、現状は「人員削減」と「人手不足」が混在している、なんとも不可解な時代である。働き方改革では、非正規社員の正社員化や社員の離職防止・定着化など、従前からの社会的課題だと思われる部分に焦点を当てた是正策が「お題目」になっている。しかしながら、その方向性と現実社会が向かっている方向に乖離が生じているように思える。大げさかもしれないが、産業のパラダイムシフトが潜在的に起こっているのかもしれない。そうであれば、企業も労働者も大きな価値転換の渦中にいることを忘れてはならない。
ビジネスの警句にある「茹でガエル」状態は、決して明るい未来をもたらさないだろう。コンサルタント社労士も、日々の人事労務管理実務の中で悶々としながら、経営サポートに日夜奮闘している。
大曲 義典
株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ
社会保険労務士・CFP
著者プロフィール HRプロ編集部 採用、教育・研修、労務、人事戦略などにおける人事トレンドを発信中。押さえておきたい基本知識から、最新ニュース、対談・インタビューやお役立ち情報・セミナーレポートまで、HRプロならではの視点と情報量でお届けします。 |