19世紀、蒸気船が本格的に登場すると、世界は大きく変わることになりました。
それまで海上輸送を担っていたのは帆船でした。帆船は、風と海流をうまく利用できれば、かなりのスピードが出ます。よい条件下での航行速度は、蒸気船とあまり変わりませんでした。石炭を燃料とする蒸気船に比べれば、輸送コストも格段に安価だったと思われます。
しかし帆船の航海は、風や海流の条件に大きく左右されます。一方、蒸気船は風や海流に影響されにくい。そのため蒸気船の海上輸送は確実性が高く、徐々に海上輸送の主役にとって代わっていくことになりました。蒸気船が海上輸送の主役を担うようになると、航海日数は短縮され、定期的運行も可能になり、積載される貨物量も増大します。世界各地が定期航路で結ばれるようになり、世界の一体化が急激に進むことになるのでした。
大型化の宿命を負った蒸気船
蒸気船は、構造的な宿命として、大型化せざるを得ませんでした。というのも、蒸気船は、エンジン関係のスペースが全体の3分の1を占めるし、燃料となる石炭を置いておくためのスペースも必要だからです。
それでも、長距離航海に必要な石炭を、最初からすべて積載しておくことはさすがにできません。石炭は、途中で立ち寄る港で補給するしかありません。その港も、どこでもよいわけではありません。石炭の集積基地が確保できるような街でなければなりませんし、大型船が接岸できる大規模な港も必要です。このように、蒸気船の時代になると、港の規模も拡大せざるを得なくなったのです。
港の規模を巨大化するには、膨大な費用がかかります。それを負担できるのは国家だけでした。そのことにいち早く気づいたのがイギリスでした。蒸気船が世界中で活躍するようになる19世紀後半は帝国主義の時代でした。ヨーロッパ諸国の植民地となった場所では、港の建設は宗主国が整備して本国との定期航路を築いていくのですが、そのことに最も積極的だったのがイギリスだったのです。
このような港湾インフラの整備と蒸気船の存在は、どのような変化を世界経済にもたらしたのでしょうか。