安倍首相が今の通常国会の最重点法案としてきた「働き方改革」法案の審議が難航している。裁量労働制についての答弁で使われた比較データに疑問があると野党に指摘されて首相は答弁を撤回し、厚生労働省は働き方改革関連法の施行を1年遅らせる方針を示した。

 法案に不備があったわけでもないのに、データの間違いばかり追及して延期を求める野党はおかしいが、その後117件も「不適切データ」が見つかったという厚労省の説明も奇妙だ。何より雇用改革がいつまでも混迷する根本的な原因は、安倍首相の理念がはっきりしないことである。

10年越しの「残業代ゼロ法案」をめぐる混乱

 首相は施政方針演説で「戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革」に乗り出す意欲を示し、「非正規という言葉をこの国から一掃してまいります」と宣言した。その柱は次の3本である。

 1.正社員と非正規労働者の「同一労働・同一賃金」
 2.残業時間の上限規制(毎月100時間)
 3.裁量労働制の拡大・高度プロフェッショナルの「脱時間給」

 この3つは方向性が違う。1と2は雇用規制の強化で、野党も賛成しているが、3は規制緩和で、これが争点になっている。「高度プロフェッショナル」は2007年に「ホワイトカラー・エグゼンプション」として検討されたが、野党やマスコミが「残業代ゼロ法案」として反対し、法案化できなかった。

 今回の法案でこの3つがセットになって出てきたきっかけは、2015年末に起こった電通の過労自殺事件である。長時間労働にマスコミの批判が集中し、検察は電通に強制捜査を行い、電通の石井直社長は辞任に追い込まれた。

 これを機に安倍政権は、長時間労働を規制強化する雇用政策に転換した。それはリベラルを支持層に入れる意味では政治的に賢明だったが、財界が反発し、積み残されていた雇用規制の緩和を求めた。

 昨年の段階では連合もこれに同意し、規制強化と緩和をワンセットにした法案ができたが、野党は規制緩和を阻止する方針に転換した。そこに「不適切データ」が出てきたのは偶然とは思えない。温情主義の厚労省は、本音では規制緩和したくないのだろう。