米国のドナルド・トランプ大統領は国防費の600億ドル増額を公表し、「米国を再び偉大にする」、そのために「強大な軍を再建する」との公約の実行に乗り出した。
台頭する中国、地域的な脅威である北朝鮮、イラン、現在進行中のIS(イスラム国)などの脅威に対処し、サイバー、宇宙、電磁波など新しい戦闘空間での優位を維持するには、先端軍事技術の研究開発と最新装備の配備が不可欠である。
しかし、連邦の財政赤字は約20兆ドルに達し、国防費の増額のためには、連邦の関連予算を含めた予算配分全般に関する徹底した選択と集中、さらなる軍改革が欠かせない。
1.オバマ政権の国防予算の特色とトランプ政権に残された課題
2013年に歳出削減に関する強制措置が発動された。しかし、国防費については、バラク・オバマ政権の下でも強制削減措置は先延ばしにされてきた。
「急激に変化する安全保障環境のもと、米軍が現在と将来にわたり、国家に最善を尽くし国防の任務を果たすため必要とする優先事項を反映したものとするため」、超党派で「超党派予算法2015」が成立した。同法に基づき、2016年度と2017年度の国防費は、歳出強制削減のための予算執行差し止めを免除された。
2016年2月9日、オバマ政権が議会に提案した議会裁量分の予算額は、5827億ドルである。そのうち基本予算(basic budget)は5239億ドルで前年度に対し22億ドルの増加、「海外緊急事態作戦(OCO: Overseas Contingency Operations)」経費は588億ドルで前年度とほぼ同額となっている。
アシュトン・カーター前国防長官が、国防予算案と同日に議会への説明のため発表した「2017年度防衛態勢に関する表明:長期の見通しと将来への投資」の第2章では、現在を「戦略的転換点」であると位置づけ、第4章では、「戦略的変化への調整」のため対処すべき課題として、以下の事項が列挙されている。
第1が「テロリズムへの対処」
第2が「ロシアを抑止するための強力でバランスのとれた戦略的アプローチ」
第3が中国の台頭を意識した、「アジア・太平洋でのリバランスを可能にすること」
第4が「北朝鮮の抑止」
第5が「地域の友好国と同盟国を強化しつつイランの悪影響を阻止すること」
第6が「サイバー、宇宙、電磁戦への対応」
第5章では、「未来のための好機の把握」と題し、以下の4項目の対応策が述べられている。
「戦争戦略、作戦構想、戦術の見直しと洗練」
「賢明で不可欠な技術革新の推進」
「将来のための全志願制軍の建設」
「国防総省の事業改革」
しかし、カーター長官は、議会に対し、今後歳出強制削減措置がとられれば、2018年度から2021年度の間に国防予算は1000億ドルの削減を余儀なくされ、そうなれば「許容しがたいリスクを招く」と警告している。
トランプ政権の脅威認識、対応策も基本的にはオバマ政権と同様だが、脅威認識では力点の置き方が異なっている。
トランプ大統領は、ISとの戦いで勝利することを当面最優先することを明確にしている。また、ロシアにはシリア問題などで融和的政策を追求する一方、中国に対しては、対台湾政策、南シナ海問題などの安全保障面のみならず、為替操作国と非難し対米貿易赤字を不公正とするなど金融、通商面も含め、非難を強めている。
またカーター前国防長官が指摘した、財政上の危機状態も問題が先送りされただけで、むしろ悪化している。この危機にどう対処するかが、トランプ政権が直面している国防政策上の最大の課題とも言えよう。
財政問題が解決されない限り、新たな脅威や課題に対応するための戦力構造の変革や新装備の開発配備もできない。