ロシアが配備した新型ミサイル
2月14日、米「ニューヨーク・タイムズ」は、ロシアが「SS-C-8」と呼ばれる地上発射型巡航ミサイル(GLCM)を実戦配備したらしいと報じた。
すでにロシア陸軍は2個大隊分のミサイルを保有しており、1個大隊はアストラハン州のカプスチン・ヤール演習場に、もう1個大隊は昨年12月にカプスチン・ヤールからロシア国内の別の場所に移されたという。
だが、その何が問題なのだろうか。
SS-C-8の射程は1000キロ台から長くて数千キロと見られるが、すでにロシアは長射程の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を大量に保有し、シリアでは巡航ミサイルによる攻撃も実施している。
また、ロシアはこの数年、ミサイル戦力の近代化を進めており、昨年は大陸間弾道ミサイル(ICBM)を23基(これは過去最高の配備実績である)、「イスカンデル-M」戦術ミサイル・システムを2個旅団分も配備した。
このような状況からすると、ロシアがいまさら新型ミサイルを配備したところで大した問題ではないようにも思えるだろう。
しかし、SSC-8が問題視されているのは、それが中距離核戦力(INF)全廃条約に違反すると考えられているためだ。
INF全廃条約は冷戦中の1987年に米ソで締結され、1988年から発効した軍縮条約であり、射程500~5500キロの地上発射型ミサイルやその関連設備を弾頭のいかんにかかわらず(つまり核兵器搭載型もそうでないものも)すべて破棄することを定めていた。
この条約に従い、米ソは2692基ものミサイルを1991年6月までにすべて破棄した。あるカテゴリーのミサイルをすべて破棄するという軍縮条約は、米ソの軍備管理の歴史上、初めてのことである。
INF条約とは
このような条約が生まれたのは、1970年代にソ連が配備し始めた「RS-20ピオネール(NATO名SS-20)」など一連のINFが欧州の安全保障に深刻な脅威を与えると考えられたためだった。
当時、通常戦力で劣勢にあった西側は、もし東西の全面対決が生じた場合には戦略核兵器による米ソの相互抑止を確保しつつ戦術核兵器を積極的に使用してワルシャワ条約機構軍の反撃を押しとどめることを基本戦略としていた。
ところが、ピオネールのような強力なINFが出現した場合、NATO(北大西洋条約機構)が戦術核で反撃すれば、今度はINFによる再反撃を覚悟せねばならなくなる。ピオネールが西側から脅威視された理由の第1はこれであった。
第2の理由は、それが米国と欧州の分断(デカップリング)を招く可能性があったためである。当時から言われていたように、たとえソ連が欧州でピオネールを始めとするINFを増強しても、米国の戦略核兵器はソ連全土を目標に収めているのだから、それで抑止力は保たれているという考え方も成り立たないではない。
だが、欧州は射程に入るが米本土には届かないというピオネールの攻撃に対し、米国は本当に報復攻撃を行ってくれるだろうか。今度は米本土がソ連の報復攻撃に晒されるかもしれないというのに・・・という疑念が、欧州側にはあった。
第3に、INFは1972年の第1次戦略兵器制限交渉(SALT I)でも、当時交渉中であったSALT IIでも制限対象とはなっていなかった。
つまり、これらの軍備管理条約を通じて米ソ間の戦略核戦力が一定の均衡に落ち着く一方、INFの領域では一方的にソ連が優位に立つ可能性が出てきたのである。
実際、ソ連は1976年の配備開始から87年までの間に、ピオネール系列だけでミサイル728基、移動式発射機509両を生産・配備しており、欧州や中国全域を射程に収めていた。欧州や中国にとってみればこれは立派な戦略兵器であるにもかかわらず、これだけ膨大な核戦力が何の制限も受けることなく配備・増強されていたことになる。