失敗には2種類ある。1つは真の意味で、想定外の事態における失敗である。この場合には、失敗から学び、失敗を繰り返さないことが大事だ。しかし多くの失敗は、実は想定された状況下で生じている。誰かが危機を予想していたにもかかわらず、組織が忠告に耳を貸さずに失敗するケースだ。この現象を「集団浅慮」(英語ではGroupthink)と呼ぶ。集団浅慮はなぜ起きるのか? そして、それはどうすれば防げるのだろうか。
集団浅慮が招いた数々の悲劇
日露戦争における陸軍の失敗は、集団浅慮の典型例だ。日露戦争において、約2万8000人の陸軍兵士が脚気(かっけ)で命を落した。総戦死者は約5万人であることを考えれば、尋常ならざる数字だ。
一方の海軍では、脚気による死者は3人だったと記録されている。これは、海軍軍医の高木兼寛が脚気対策としてパンと麦飯を採用したからだ。当時、脚気は白米食が原因で起きる病気だという説が提唱されていた。この説を重く見た高木兼寛は、海軍の練習艦「筑波」でパン食による脚気予防試験を実施し、パン食によって脚気が激減することを確かめた。
この実験結果をもとに、食事にパンと麦飯を採用した結果、脚気による死者をほとんど出さずに済んだ。一方の陸軍は、東大閥の軍医の指導を受けており、彼らが高木説を嘲笑してまじめに取り合わなかったために、約2万8000人にものぼる陸軍兵士が脚気で命を落とす結果を招いた。
「集団浅慮」による失敗は、集団主義的な日本に特有の現象ではない。個人主義と議論を重視するアメリカ合衆国においても、数々の例がある。
まず、日本軍による真珠湾攻撃に関しては、その可能性が指摘されていたにもかかわらず、可能性を過小評価して対策をとらなかった。トルーマン政権時には、朝鮮戦争に中国が参戦する可能性を十分に検討しなかった。ジョンソン政権は、各方面からの警告を無視してベトナム戦争の戦線を拡大し、失敗した。ケネディ政権時のピッグス湾事件では、キューバ侵攻作戦の非現実的な前提を見逃し、キューバに敗北した。そして近年のイラク戦争では、サダム・フセインが兵器を隠し持っているという情報を信じたブッシュ大統領(当時)がイラクを攻撃し、国際社会の信用を失った。こうして列記してみると、アメリカ合衆国政府は、集団浅慮による失敗を繰り返してきたことが分かる。
なぜ、このような失敗が繰り返されるのだろうか。この問題に取り組んだ社会心理学者のアーヴィング・ジャニス(Irving Janis)は、3つの要因が揃うと集団浅慮が起きやすいという結論に達した。その3つとは、(1)組織が類似した考えを共有していて同調圧力が強いこと、(2)組織が外部からの批判を受けいれない状況にあること、(3)組織が成果を強く求められる状況にあること、である。