私心さえ除き去るなら、進むもよし退くもよし、出るもよし出ざるもよし。
長州藩士、吉田松陰の言葉である。人は相手に私心が見えると嫌悪感を覚える。しかし、ビジネスは私心との戦いである。
自分の利益を優先するか、相手の利益を優先するか。私心にまみれてビジネスを展開すると、目先の利益は得られたとしても、長期的にはうまくはいかない。
そんな事例は枚挙にいとまがない。とは言え、目の前の利益を取りに行きたいという気持ちは折りにふれて頭をもたげてくる。この葛藤はビジネスにつきものである。
人間の心の中には「私」の心と「公」の心の両方が共存している。そして、人間の脳も「私」の脳と「公」の脳が共存している。脳外科医の篠浦伸禎氏は著書『人に向かわず天に向かえ』(小学館)にてこの「私」の脳、「公」の脳についてこのように述べている。
私の脳と公の脳
「脳の真ん中に、自己保身のための大脳辺縁系という動物的な脳があり、その外側に言語などの論理的、合理的な思考に関わる左大脳皮質と、他人の感情に共感したり体を動かしたりすることに関わる右大脳皮質があります。動物的な脳で、人間学で言う「私」の概念に相当する機能を持つ大脳辺縁系は、動物本来の自己保身に関わる機能を持っています」
「人間の大脳新皮質は、右脳で他人の気持ちを推察し、左脳で論理的な決断をしたり、信念に基づいた決定などをしますが、右脳は、時には危険を冒すことを承知で弱い者を助けたりなどの決断をすることもわかっています。つまり、保身で行動する「私」の脳とまったく矛盾した行動を、「公」の脳である右大脳皮質は決断することがあるのです」
人間の頭の中には、保身のための「私」の脳と、自らを犠牲にしてでも他者を助けようとする「公」の脳の2つが共存する。その構造からすれば葛藤は生じてしかるべきものだと言える。
では、こういった脳の特性を踏まえて、ビジネスで長きにわたって成功を収めるためには、「私」と「公」のバランスをいかに図るのがよいのだろうか。
現在の日本を代表するいくつかの大企業は近江商人の流れを汲んでいる。ビジネスの長期的な成功を考えるうえでは、鎌倉時代からの商売の歴史を持つこの近江商人の商売理念は、その歴史の長さから何よりの説得力を持つ。