バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長は8月27日、ワイオミング州ジャクソンホールで開催されたカンザスシティー連銀主催のシンポジウムで、「経済見通しと金融政策」と題した講演を行った。結論から言うと、多額の長期国債買い入れなど何らかの追加緩和策実行が近いのではないかという思惑・期待・ムードが広がっていた(いわば前傾していた)市場に対し、再考を迫る内容になった。このため、米国債利回りが急上昇した。
バーナンキ議長は、ここ数カ月の生産や雇用の数字からは回復の勢いが失われており、大半の連邦公開市場委員会(FOMC)参加者が今年の早い段階で想定していたよりもやや弱いペースになっているとした上で、その主因は家計の消費支出だと説明した。労働市場の改善が鈍いことが背景にある。ただし、個人貯蓄率が統計の改定を経て6%台まで上昇したことからみて、家計のバランスシート調整は従来想定されていたよりも進捗しているとみられることを、バーナンキ議長は好材料として指摘した(この点については筆者も8月4日作成「しっかり吟味したい米経済指標」の中でコメントしている)。バランスシートが強くなれば、信用状況が改善して経済全般が回復してくるとともに、家計は消費支出をより迅速に増やすことができるはずだというのが、バーナンキ議長が今回前面に出した主張である。講演の結論部分でも、「重要なことに、家計はバランスシート修復において、われわれが従来想定していたよりも前進していた可能性があり、状況が改善すれば支出を増やす柔軟性が増している」と議長は述べて、同じ主張を繰り返した。
機器・ソフトウエア設備投資についてバーナンキ議長は、今年の残りの期間、増加ペースは緩やかなものになるだろうと予測。大企業と違って銀行借り入れへの依存度が高い中小企業の苦境にも言及した。輸出については、景気の回復を生産活動が牽引する上で大きな役割を果たしていると、議長は評価した。4-6月期の貿易収支が大幅悪化したことについては、議長自身も驚いているとした上で、一時的要因や特殊要因が反映された結果だろうとした。
以上のような各需要項目についての考察などを踏まえて、バーナンキ議長は次のように述べて、米国の景気が先行きはしっかりしてくるだろうというシナリオを維持した。
「より弱いデータが最近出てきているが、2011年に経済成長が上向く前提条件は引き続き存在しているように見える(Despite the weaker data seen recently, the preconditions for a pickup in growth in 2011 appear to remain in place.)」
また、バーナンキ議長は政策運営における中心的な関心事として、「長期にわたる高い失業」と「物価安定を維持すること」の2つを挙げた。それぞれについて、講演の中で、以下のような発言があった。
「生産の伸びは来年にはより強くなるはずだが、資源需給のゆるみや失業については緩やかにしか減少していかない可能性が高い。長期間にわたる高い失業の見通しは引き続き、政策における中心的な関心事だ。高い失業、特に長期にわたる失業は、失業者とその家族、社会に対して重いコストを強いることになる。そればかりでなく、家計の所得や信頼感への影響を通じて、回復それ自体の持続性を脅かすことにもなる」
「物価安定を維持することもまた、政策における中心的な関心事だ。インフレ率は最近、FOMC参加者が長期的に健全な経済に最もつながるとみている水準をわずかに下回るようになった。インフレ期待が合理的な水準で安定しており、経済が成長している中で、インフレ率は現在の水準近辺にしばらくの間とどまった後、FOMCの目的により合致する水準へと、緩やかに上向いていくはずである。現時点で、インフレ率が望ましくない上昇をするリスク、あるいはディスインフレがさらに顕著に進むリスクは、いずれも低い」