アラブのテロリスト集団「イスラム国」に拘束されていた日本人の人質のうち、1人が殺害された事件は大きな反響を呼んでいるが、こういう事件は中東では珍しくない。国連の推定によれば、イスラム国が人質で稼ぐ身代金は年間3500万~4500万ドル。身代金の相場は100万ドルと言われるので、毎年30人以上が誘拐されていることになる。
そのほとんどは表面化しないので日本人は知らないが、誘拐は中東では大きなビジネスである。今回の事件は、中東のきびしい現実を「平和ボケ」の日本人につきつけたが、一部のメディアは「安倍首相が人道支援を表明したのが原因だ」などとテロリストの主張を広めている。
無政府状態を生んだ植民地支配のトラウマ
イスラム国の戦闘員は、推定で約3万人。国家を自称しているが、実態はイラクとシリアの一部を支配するテロリスト集団で、アルカーイダと同じようなものだ。違うのは一定の地域を支配している点だが、政府と呼べるものは持っていない。
イスラムと名乗っているが、宗教としてのイスラムとは無関係な暴力集団である。宗派はスンニ派だが、敵対する場合にはスンニ派も大量虐殺する。指導者アル=バグダーディはカリフ(イスラム国家の最高指導者)を名乗るが、世界のイスラム教徒が認めているわけではない。これは暴力を正当化するためにイスラムを利用しているだけで、組織暴力団が政治結社を名乗るようなものだ。
一部のメディアが日本の人道支援を「テロの挑発だ」などと批判するのは彼らの思う壺だが、イスラム国を空爆している欧米諸国が「正義の味方」というわけでもない。テロリストがここまで成長した背景には、中東で一種のアナーキー(無政府状態)が広がっている状況がある。
特にイラクとシリアで混乱が続く遠因は、20世紀前半まで続いた英仏の植民地支配である。イラクはイギリスがつくった人工国家で、第1次世界大戦に敗れたオスマン帝国を解体し、その州を寄せ集め、植民地として国境を引いたものだ。
言語も宗教も違う多様な民族をイギリスが「委任統治」として主権国家という西洋モデルで支配し、シーア派とスンニ派とか、アラブ人とクルド人などの民族対立をあおって分断統治したことが、民族紛争の原因になり、このトラウマ(傷跡)がいつまでも残った。