ここ数カ月、ベトナムでは農業がホットイシューとなっている。
3月中旬にベトナムのチュオン・タン・サン国家主席が日本を公式訪問した。安倍晋三首相とも会談し、ODA等での協力に加え、農業分野での日越協力を特に呼びかけた。
さらに、サン国家主席は、滞在期間中に茨城県内の農業関連施設を訪問。イチゴの栽培方法や日本メーカーの農機具などについて日本の担当者の意見に熱心に耳を傾けた。
また、弊社(DI)に対しても、農業開発戦略の戦略作りをサポートしてほしいというベトナム地方政府からの依頼が多数舞い込んでいる。ある省は、副知事以下10人ぐらいが、我々と議論するためだけに、わざわざメコンデルタから片道4時間をかけてホーチミンまで出てきてくれた。
なぜ、わざわざベトナムの国家主席が、茨城まで出かけていってイチゴ栽培を見学するパフォーマンスを内外に見せる必要があったのか。なぜ、地方の省がこれほど焦っているのか。
この背景には、従来の工業立国一辺倒から、工業・農業の両立へと経済発展戦略の大きな転換を図らなければならないベトナムの事情がある。
農業立国へと舵を切りつつあるベトナム
ベトナムでは、従来、推し進めてきた工業化が行き詰まり、それに対するベトナム国民の不満が少しずつ鬱積しつつある。
ベトナム政府は、これまでベトナム式社会主義経済の下での「工業立国」を目指してきた。しかし、「トヨタがベトナムを撤退する日」でも書いた通り、工業立国としての成長戦略は、裾野産業の不在という課題の解決に政府が明確な道筋を示すことができず、近隣のタイやインドネシアに大きく後れを取ったままだ。
一方、人口の70%を占める農民のほとんどは貧困のままだ。
ベトナムの1人当たりGDPは、2002年の477米ドルから、2012年には1755米ドルへと約4倍になっている。しかし、農民のほとんどはその恩恵を被っていない。地方では、農業・農村開発省や地方政府に対する不満が相当に鬱積している。
また、ベトナムは社会主義国家だが、中国ほど情報統制を徹底していない。そのため、ほとんどの国民は、アラブ諸国での反政府蜂起(アラブの春)や、直近のウクライナでの暴動などの民主化の動きを、TVやネットでほぼリアルタイムでフォローしている。このことが、ベトナム共産党の幹部にとっては大きな脅威・恐怖となっている。
このような事情を踏まえ、ベトナム共産党首脳部は農民を積極的に支援する政策を打ち出し、政権の安定を図る必要に迫られている。そのため、サン国家主席が日本の支援を要請し、各地方政府は農業改革を実現するためのネタを必死に探し始めたという状況だ。