この秋、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が来日する予定だ。安倍政権は、北方領土問題の解決と平和条約の締結へ向けて大きく前進する構えだ。ウクライナ危機がこの流れにブレーキをかけているが、国境問題研究の第一人者である山田吉彦・東海大学教授は「今が北方領土返還の大きなチャンス。交渉を止めるべきではない」と説く。

 ロシアは欧米との関係が悪化する中で、日本からの経済・技術協力と日本への天然ガスの販売によって極東ロシアを発展させたいと考えている。一方日本にとってロシアとの関係強化は北方領土の返還を実現させ、中国の軍事的な脅威を抑えるテコとなる。日ロ双方に交渉を進める利点があるのだ。柔道家であるプーチン大統領が言う「引き分け」は、そのことを示唆しているとも言える。

 むろん「北方4島は自国の領土」が公式見解であるロシアとの交渉は容易ではなく、虚々実々の駆け引きを伴う。日本の国益に沿った解決をどう実現するか。山田氏に、ロシアとの平和条約締結交渉のポイントを聞いた。

************

山田吉彦(やまだ・よしひこ)氏 東海大学海洋学部教授。1962年千葉県生まれ。学習院大学経済学部卒業後、金融機関を経て日本財団勤務。多摩大学大学院修士課程、埼玉大学大学院博士課程を修了し、経済学博士。専門は海洋政策、海洋安全保障、国境問題及び離島政策。著書に『日本国境戦争』(ソフトバンク新書)など多数。

井本 北方領土問題について、日本では無関心層が多いですね。

山田 平成20(2008)年の内閣府の調査では、北方領土返還運動に「どちらかといえば参加したくない」「参加したくない」が62%。一般国民の北方領土への意識が薄いのは確かです。

井本 多くの国民は「日本の領土なのだから返還は当然だ」とは思っている。でも、厳寒の島で気候条件は厳しく、漁業を除けば、これという産業もない。返還運動に全力投球するほどのことはない、というのが大方の考え方ではないでしょうか。

山田 しかし、これは日本人としての感情、国としての誇りの問題です。北方領土を取られたことは屈辱の歴史の始まりなんです。

 1945(昭和20)年8月14日に日本がポツダム宣言を受諾した後に、ソ連軍は日本の領土である北方4島に上陸して占領し、武装解除をさせられたうえ、島民は島から追い出された。北方領土を取り返さなければ威厳を持った国家にはなれない。

北方4島と竹島の違い

井本 同じことは韓国が不法占拠している竹島についても言えますね。

山田 ただ、竹島には日本人が住んでいなかった。漁をやっていただけです。だから、盗られても北方領土に比べ実感を持つ人が少ない。もちろん竹島の領有権について国際司法裁判所に訴えるべきだと思っています。ただ、裁判では負ける可能性もあるので、理論武装が重要です。

井本 なぜですか?

山田 韓国の実効支配の歴史が長い。日本が実質的に領有していたのは1905~45年までの40年間。李承晩ラインを敷かれたのは1952年。以来60年以上経っている。実効支配の歴史が長い方が有利との見方もあるのです。韓国が竹島を奪った時、国際法に反していることを証拠立てる必要があります。