今、ドイツで上映されている映画、『木々の秘密』。2005年のヒット映画『皇帝ペンギン』のリュック・ジャケ監督の新作だ。ただし、『木々の秘密』はドイツ語のタイトル『Das Geheimnis der Bäume』を私が勝手に直訳したもの。この映画、まだ日本で紹介されておらず、邦題がない。
オリジナルはフランス語の『Il était une forêt』で、訳せば“それは森だった”となる。「そこに森がありました」みたいなイメージか? いずれにしても、ドイツ語訳は、原題とはだいぶニュアンスが違う。
「森」を主役にした映画のきっかけとなった植物学者
タイトルからも分かるように、映画の主役は森だ。それも人間の手がほとんど入っていない南米ペルーと西アフリカのガボンの熱帯雨林。
ペルーは国土の54%、ガボンも国土の80%が森で、何百種もの植物が何層にも重なって生い茂っている。世界で残り少ない原生林で、様々なエキゾティックな動物もいる。
映画の内容を簡単に言えば、こういう熱帯原生林がいかに形成されていくかという説明である。
原生林が人間の手で急速に脅かされてしまっている現状に対する警告の意味もあるのだろうが、それは副次的。主役はあくまでも、今、存在する森だ。
映画の中で、その森に寄り添うように登場するのが、生物学者のフランシス・アレー。40年もの間、世界の45の国々で森を観察し、研究し続けてきた植物学者だ。
彼の存在が、自然映画の大家、リュック・ジャケ監督にインスピレーションを与えた。そんなわけで、監督はアレー氏を、作品中の森の神秘的光景にすっかり組み込んでしまった。
最初、ブルドーザーが森を壊してしまうシーンが出てくる。この映画の中で、唯一、文明が出てくる場面だ。しかも醜い文明。かつて森があった場所に、殺伐とした平地が広がっている。木が1本も無くなり、裸にされた森だ。世界中で人間は毎分、35のサッカースタジアムと同じ面積の森を潰しているのだそうだ。
そして、そこから物語は始まる。つまり、一度壊された森が再び元の通りに復活するまでに、そこでは何が繰り広げられ、どれだけの年月が必要かという物語。その経緯が、一つずつ分かりやすく示されていく。
映画に登場するアレー氏は、ただ、森に佇み、木々やそこにいる動物をじっと眺めている。そして、目の前の木や虫を、黙々とスケッチブックに収める。アレー氏の見ている物を、私たち映画観賞者は、彼の肩越しに眺めているような気分だ。
ふと、氏のスケッチブックを覗いてみると、それは極めて正確な描写でありながら、写実的というよりは前衛的な芸術作品であることに気づいて、少し驚いたりもする。
映画の進行役であるナレーションもアレー氏自身の声。ドイツ語版ではブルーノ・ガンツが吹き替えている。2004年、『ヒトラー 最後の12日間』で、ヒトラー役を演じた俳優といえば、覚えておられる方も多いと思う。