菅政権の誕生で、経済学者が注目を集めている。自民党政権では、竹中平蔵氏が離れて以来、経済学者が政権に入ることはなかったが、内閣府参与になった小野善康氏(大阪大学社会経済研究所長)は菅直人首相の10年来の友人で、所信表明演説や「新成長戦略」などにも小野氏の言葉があちこちで引用されている。
これは悪いことではない。経済政策は勘と経験だけでできるものではないので、専門的な経済学者が政権にアドバイスすることは必要である。米国の場合は、経済諮問委員会委員長にローレンス・サマーズ氏、FRB(連邦準備制度理事会)議長にベン・バーナンキ氏という著名な経済学者を配している。
失業者を雇うと「機会費用」はゼロ?
しかし日本の場合は、いささか人選に問題がある。小野氏の理論は独特のもので、過去にも何度か批判を浴びている。彼の理論は次のようなものだ。
<公共事業の意義とは、労働資源が余っている状態において彼らを活用することであり、失業者を雇えばもちろん、たとえ就業者を公共事業に回しても、それまで彼らが就いていた仕事の機会が失業者に回るから、機会費用はゼロである。すなわち、非自発的失業があるかぎり、表面的な採算を度外視して少しでも役立つ事業を行なうことが重要で、これなら民間企業の経営よりもかえって判断しやすいであろう。> (『不況のメカニズム』より。強調は引用者)
ちょっと分かりにくいが、「機会費用」というのは「ある事業を行うことで失われる最大の利益」のことだ。
完全雇用の場合は、公共事業を行うと民間の雇用機会を奪うので機会費用が発生するが、失業者を雇う場合は民間の雇用を奪う心配はない。失業者がブラブラしていても価値を生み出さないので、彼らを雇うことで失われる利益(機会費用)はゼロだ――というのが小野氏の理論である。
しかし、この論理には穴がある。それは失業者を雇うことによって発生する人件費以外の費用を無視している点だ。
今、失業者を雇用して、税金を100億円使って高速道路を造ったとしよう。そのうち人件費は20億円で、残り80億円が建設に使われる資材のコストだとする。この資材を民間企業が利用すれば、少なくとも80億円の価値を生み出すだろう(そうしなければ会社はつぶれる)。