辛坊治郎氏らのヨット事故(平成25年6月21日)は、何事につけ歯に衣着せぬ発言をし、また自己責任を強調していたベテランのニュースキャスターが関係していたことから、その報道には関心が持たれた。

 しかし、イベントに仕立てた吉本興業が関係していたこともあり、主として週刊誌などで一過性的に扱われただけである。それでも記事の行間から、自衛隊として疎かにできない現実が見えてくる。

 この現実を見つめ、日本の安全保障政策に生かさなければ、救出に使われた数千万円と言われる国費、すなわち国民の血税をどぶに捨てたと同じになってしまう。他方、救出された辛坊氏は「命の恩人」たちの真の姿を伝えることで、本当の恩返しができるのではないだろうか。

マスコミの報道姿勢には疑問

 沿岸での通常の遭難であったならば、民船が救援で活躍する。かかった費用などは当然遭難者が負担する。しかし、今回の事故は宮城県・金華山の南東約1200キロの太平洋上であったために海上保安庁(以下海保)や海上自衛隊(以下海自)という国家機関が救出にあたらざるを得ず、費用支払いの問題は出てこない。

 参考までに、要した費用は報道機関や誌紙によって異なるが、長時間(往復8時間)の運用を強いられたこと、しかも荒波のために多数の救援機(海保2機、海自4機)や海保の巡視船などが出動したことなどから、燃料費だけでも5000万円近くを費やしているとされる。

 先述のように、海保も海自も任務の一環として行ったわけで、費用の返還うんぬんはない。

 しかし、第一線の報道キャスターであること、また世論を左右するマスコミが芸能番組としてであれ何であれ関係していたことなどから、一寸言わせてもらうならば、「この国に生まれてよかった」だけで終わることなく、ことが起きた時だけしか焦点が当たらない海保や陸海空自衛隊の普段の姿などを通じて、国民の目が向くように工夫した報道につなげてほしい。

 参院選を前にして、日本および日本人の安全に関わる問題(例えば、中朝の威嚇やアフリカで起きたテロ、さらには東日本大震災など)との関連で、一時は憲法改正(直近では96条)が争点になりそうな雰囲気になった。

 しかし、「戦争しやすいように改正するものだ」と捻じ曲げて主張する無責任政党の声などもあり、肝心の視点(日本の安全・国民の安心)が抜け落ち、議論の機が熟していないとなった。

 海保や自衛隊は表に出ないことが望ましいが、そのためにも国民には普段から大いに関心を持ってもらう必要がある。なぜなら、日本の安全は一に国民の意志に左右されるからである。

 ことが起きた時だけ関心が持たれ、「対処が不十分だから法体系の整備を」などと叫ばれても、ことが一段落した暁には潮が引くように消えてしまう。これではいつまで経っても非常時に役立つ法整備はできない。こうして日本は戦後68年間、憲法の一字も変え得なかったのである。

 不思議なことに、日本人の無関心・能天気に刺激を与えているのはほかならぬ北朝鮮や中国などである。北朝鮮による核爆発や人工衛星の打ち上げ(実際はミサイルの発射実験とみられた)、あるいは中国漁船による尖閣諸島沖での追突事案や公船の領海侵犯が動画的に取り上げられ、国民の理解も高まってきている。

 ところが、自衛隊が取り上げられる時は、イージス艦事故や隊員の不祥事など、負の報道の場合が多い。東日本大震災では大活躍し、被災民から「自衛隊さんありがとう」「帰らないで」など、嬉しいラブコールをたくさん貰った。そうした国民の熱烈な歓呼の中でも、心ある自衛官は、「これでいいのか自衛隊」と反芻し続けたに違いない。