去る5月14日、ロシアの情報機関である連邦保安庁は、モスクワ南西部でロシア人捜査官を米・中央情報局(CIA)の協力者にリクルートした疑いで、在ロシア米大使館員のライアン・クリストファー・フォグル3等書記官の身柄を拘束したと公表した。

米ソ冷戦期のスパイ合戦、今でも?

ロシア連邦保安局、米大使館員とされる男をスパイ容疑で拘束

画面に映し出されたフォグル3等書記官逮捕の瞬間〔AFPBB News

 その後、ロシア外務省はフォグルに対してペルソナ・ノン・グラータとして国外追放処分を下した。

 ロシアだけでなく西側や我が国のメディアも賑わしたこの事件は数々の不可解な点があるものの、これまた不可解なことに素早い幕引きが図られており、ほんの2週間前のこととは思えないほど現在では沈静化している。

 と言うのも、今回の事件を額面通りに受け取れば、まるで米ソ冷戦期のスパイ摘発・追放ドラマが、相も変わらず今でも続いているのだな、という理解でおしまいだからである。

ロシア連邦保安局、米大使館員とされる男をスパイ容疑で拘束

フォグル容疑者の身分証明証〔AFPBB News

 冷戦期との違いと言えば、Gmailがフォグルとロシア側スパイ候補者との間の連絡手段として採用されていたことや、フォグル拘束の一部始終が不鮮明な白黒映像ではなく、鮮明なカラー映像として捉えられていたことくらいであろうか。

 いずれにしても、我々は、ロシアと米国は、いまだにスパイ合戦をやっているんだというふうに今回の事件を理解したことだと思う。ちなみに、2010年には米国でロシア人のスパイ活動が摘発され、筆者も記事にしたが、いわば紋切り型の事件として日々消費されていくニュースの価値しかなかったのかもしれない。

 だが今回筆者は、この事件をソフト・パワーと絡めて論じてみたいと思う。と言うのも、JBプレス・ロシア班でどうしても記事にしたい出来事があったからだ。

 それはロシアで最も有名な米国人でピアニストのヴァン・クライバーンが本年2月に骨ガンで亡くなったことである(ちなみに、ウラジーミル・プーチン大統領も彼の死を悼み哀悼の声明を発表した)。

 クライバーンについては、中村紘子さんの名著『チャイコフスキー・コンクール』(新潮文庫)において、彼の鮮烈なデビューとその後の波乱に満ちたピアニスト人生について卓越した描写があるから、本誌読者の皆さんにも馴染みが深いかもしれない。また、ネット上でクライバーンを検索しても、新聞はもちろん、ブログなどの私的メディアでも実に数多くの追悼記事が現れている。

 さてソフト・パワーとは、ジョセフ・ナイが『不滅の大国アメリカ』(読売新聞社)にて提唱した概念で、外交手段の1つとして、旧来の、安全保障の一環で理解されてきた他国に対する軍事力などの対外的な強制力(これをハード・パワーという)とは異なる概念として、その国自身が持つ文化や価値観に魅力を感じてもらう力のことを指す。