小さな店が両脇に並ぶ道を歩いていくと、ガラス張りの小さな美容室sae.coはあった。一歩中に入ると、インテリアショップにある部屋のディスプレイのような明るさが広がった。何人もの美容師が働くサロンに比べたら、たしかに狭い。でも居心地は同じくらいいい。
女性客の髪を真摯なまなざしで切っているSaeは私に挨拶をして、1秒でも惜しむかのようにまた女性客の髪を整え始めた。(文中敬称略)
東京、ロンドン、パリで積み上げてきた経験
2009年夏にパリに開店して3年。私が訪れた夏の長い休暇を前にした美容室sae.coでは、昼から夜まで9時間、予約でいっぱいという盛況ぶりだった。
ここの美容師はSae1人だけ。ショートカットが似合うSaeは、柔らかな雰囲気の女性だ。とはいっても美容師によく見られる浮いた感じはなくて、とても深く重みのある趣を持っている。きっと、これが日本に加えてロンドンとパリで積んできた経験の重みなのだろうと思った。
Saeは東京で美容師としてのキャリアを始めた後、ロンドンの一流スタイリストばかりが揃う人気サロンで2年間働いた。コネは皆無だったが、絶対に働きたいと思っていたサロンだったので、履歴書を送った。
美容専門学校に入る以前、高校生の時からロンドンに行きたいと思っていたSaeの一途な思いが通じて、ある日、採用通知を受けた。
「ロンドンもパリも、雑誌の撮影やファッションショーなどにかかわるスタイリストたちは、すごく素晴らしいです。でも、一般の人たちが行く美容院の美容師たちの技術は、日本の方が高いと思います」
Saeは、普段はそのサロンで一流の技術を目の当たりにし、ときにはサロンの仲間に連れられて、撮影やショーを手伝いモード界の神髄にも触れた。
今でも時折、パリで行われるオートクチュールのコレクション(高級仕立て店のショー)を手伝ってほしいと声がかかる。それでも、衣装を身にまとうモデルのヘアメイクの仕事をもっと増やしたいと考えているわけではない。Saeのやりたかった仕事は、普通の客を相手にする美容師だった。