バラク・オバマ政権最大の功績とも言われる医療保険改革法(PPACA「患者保護と購入可能な医療保険法」)が6月28日、連邦最高裁により大筋で合憲との判断が示された。国民皆保険を目指す「オバマケア」とも呼ばれるこの改革法を26州が違憲として提訴、一部の州で違憲判決が出たため、連邦政府側が最高裁に上訴していたのである。

ニューディールの中で作られた米国初の社会保障制度

フランクリン・D・ルーズベルト

 米国には、メディケア、メディケイドという公的医療保険制度があるのだが、それは高齢者や低所得者などをフォローするものにすぎない。

 そのため、残りの人々は自ら民間医療保険に入らざるを得ず、既往歴や経済的負担など様々な理由から、人口の15%にも当たる4600万人以上が医療保険未加入となっている。そうした問題を是正しようというのがこの改革法である。

 米国で最初の社会保障制度は1935年、フランクリン・D・ルーズベルト(FDR)第32代大統領が行ったニューディール政策の動きの中で作られた。

 大恐慌のさなか、失業者は全労働人口の3分の1にも達し、街には放浪者があふれていた。この頃、どん底から這い上がった実在のボクシングチャンプ、ジェームズ・ブラドックを描いた『シンデレラマン』(2005)には、セントラルパークに立ち並ぶホームレスの掘っ立て小屋街「フーバー村」での悲惨な生活が映し出されている。

 もちろん、それは世を恐慌へと導いたとされるハーバート・フーバー第31代大統領の名をとったものだ。

 世は荒れ、暴動、労働運動など渦巻き、国民の不満を吸収するような政治運動も頻発していた。中でも、その独裁的ポピュリストぶりが政治ドラマの傑作『オール・ザ・キングスメン』(1949)のモデルともなったルイジアナ州選出の上院議員ヒューイ・ロングは「富の共有運動」と呼ばれる所得再分配を主張し多くの支持を集めていた。

米国の穀倉地帯を襲ったさらなる災禍

 1936年の大統領選ではルーズベルト再選を脅かす存在となるとさえ言われていたロングだったが、35年暗殺されてしまう。しかし、それでもラジオ説教師チャールズ・カフリン神父などによる同様の運動はとどまることを知らず、政府にとって頭痛の種は尽きなかった。

 そんな状況下、連邦政府による老齢年金制度である社会保障法、そして州政府による失業保険制度が作られたのである。どちらも、市民の中にある革命反乱気運を抑え込み、さらには経済を少しでも刺激しようという恐慌対策といった意味合いがあるものだった。 

 1934年から35年にかけて、米国中西部に広がる豊かな穀倉地帯グレートプレーンズをさらなる災禍が襲った。

 干ばつである。