第5回目となる編集長対談シリーズ、今回は講談社の現代ビジネス編集長、瀬尾傑氏をゲストに招いた。

 2010年1月にサイトオープンした現代ビジネスは、JBpressとウェブインフラ「isMedia」を共有するメディアの1つ。政治・経済から社会問題、ジャーナリズム論まで、切れ味のいいプロの視点を提供している。 

調査報道がやりたくて「日経ビジネス」へ

瀬尾 傑(せお・まさる)氏
1965年、兵庫県生まれ。同志社大学卒業。日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社後、経営企画室、日経ビジネス編集部などを経て、講談社に転職。週刊現代、月刊現代編集部などで副編集長、編集次長として活動。2010年、日本ではじめての本格的政治・経済専門Webサイト『現代ビジネス』を立ち上げ、編集長に就任。2012年には、イズメディア・モールで元経済産業省の古賀茂明氏などのメルマガを発売開始した。「小渕首相の病床写真」報道などで「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を多数受賞。(撮影:前田せいめい、以下同)

川嶋 瀬尾さんは日経BP社から講談社に移られたわけですが、そのあたりの経緯からまず教えてもらえますか?

瀬尾 僕はもともとジャーナリスト志望で、「日経ビジネス」で仕事がしたくて日経BP社に入ったんです。当時は日経マグロウヒルといってまだマイナーな会社でしたから、学生にはほとんど知られていなかったと思います。

川嶋 僕の頃はもっと知名度がなかった(笑)。そんなマイナーな会社にどうして行きたいと思ったんですか?

瀬尾 学生時代に読んだ西武鉄道の記事がきっかけです。当時、西武は立派な会社だとみんなが持て囃していましたが、そうではないと。

 財務諸表など基本的にオープンになっている資料や入手した内部資料を分析して、西武はグループ内で財務の付け替えをして赤字に見せかけて税金逃れしている会社だという内容です。

 僕はマスコミで調査報道をやりたいと思っていたので、月並みですが立花隆さんの『田中角栄研究』や『中核vs核マル』などを読んでいて、調査報道をやるなら新聞じゃなくて「文藝春秋」みたいな月刊総合誌しかないだろうなと思っていたんです。

 でも、日経ビジネスのこの記事に衝撃を受けて、こんなことができるのならば行きたいなと。

川嶋 バブル時代だから、新聞やテレビなどの華やかな世界の選択もあったと思うんですが、あえて日経ビジネスを選んだのは?

瀬尾 僕にも戦略があって、自分は特別優秀なわけではないので、あえて他人が行かないケモノ道を行こうと(笑)。

川嶋 ケモノ道だけど、将来性がありそうなところね。これはけっこう大事なことで、いまの若い人たちもそういう気持ちを持ってほしいですね。

週刊誌の調査報道の力を知る。キレイごとだけで人は動かない

川嶋 講談社に移ってからは何をやったんですか?

瀬尾 最初は「月刊現代」を担当しました。ちょうどその頃、岩瀬達哉さんと初めて会ったんです。当時、岩瀬さんは年金問題を追っていて、年金のデータなどを手に入れて調べていた。