温泉街の高台にある旅館の近くで、大規模な崖崩れが起こるところから物語が始まる。直接の原因は、開発会社が造成を始めたことなのだが、単純に造成が悪いのではなく、「時期が悪かった」という。
山田 健著、角川春樹事務所、1680円(税込)
開発エリアは孟宗竹が茂る竹林。竹林の下には、網の目のように地下茎が張り巡らされていて、通常はそれが地表近くの土を固める役目を果たしている。ところが、タケノコがニョキニョキと伸びる季節は、全栄養分をタケノコに集中させようとしているため地下茎はすかすかになってしまう。土地がもろくなったところに大雨の被害で地盤が緩み、付近の道路まで引きずりこむように地崩れを起こしてしまった。もしも、地下茎がたっぷりと栄養を蓄えている冬場だったら、ここまでの大惨事にならなかったかもしれない・・・。
と、ここまで読んだだけでも、どこかで誰かに披露してみたくなる雑学を学んだ気分。
旅館の主人や、崖崩れで住み家を失った住民たちは、開発会社からなんとか補償金を勝ち取ろうと被害者同盟を結成する。その活動の中で、竹林が果たしてきた役割、竹林と雑木林の関係を学び、さらに、森と川、森と海の関わりを知る過程には、さらなる雑学が盛りだくさんで楽しい。
そして、被害住民たちは、被害者となったことをきっかけに、我が土地を愛し、再生していくことに目覚めていくのだが、ただの感動物語というわけでもない。
「人を動かすのはカネだけではないけれど、でも、カネも重要である」という、冷静な現状認識がある。ボランティアを活用するにしても、ボランティアだけで里山再生などという大規模な事業ができるはずもない。どうやって行政や企業を巻き込んでカネを出させるのか。もちろん、税金を預かる行政、株主に利益還元しなければならない企業も美談だけではカネを出せない。カネの出し手を納得させるロジックをどうやって作っていくのか──。というところまで含めて、エンタメ小説に仕立ててしまったところが、なかなか巧妙だ。
説明的な部分が多いために文芸作品としては、いま一つ洗練されていないし、あまりにも歯車が上手く噛み合い過ぎて「出来すぎじゃない?」と言いたくなるところもある。
ただ、このところのあまりにもため息が出るようなニュースばかりを聞いていると、「政治家でも、役所でもなく、住民が目覚めることこそが現状を変えるパワーになる」というストーリーに、ちょっと元気づけられる。