白川方明日銀総裁が4月22日、ニューヨーク経済クラブで講演を行った。約1年前、昨年4月23日に同じニューヨークのジャパン・ソサエティで講演した際には、「偽りの夜明け(false dawn)」という一種の警告を発して、大いに注目された。しかし今回は、同じフレーズを用いることはなく、「中央銀行の政策哲学再考」と題された講演の内容は、バブル崩壊・金融危機の再発を防止するためには中央銀行の政策運営には一定の裁量が必要だ、という白川総裁の持論を強調するものになった。国内で再度強まりつつあるインフレ目標導入論に対して、反論を行ったものと解される。

 白川総裁は今回の講演で、日本の1990年バブル崩壊と米国の2007年8月以降の金融危機との類似性を指摘し、次のように述べた。

「日本は、米国に先立つこと10年以上前に危機を経験しましたが、米国を震源地とする今回の世界的な金融危機の展開を見ると、驚くほどの既視感に襲われます。これら2つの出来事には数多くの共通点があります。例えば、バブル崩壊直後の楽観論、重要な政策措置の実施の遅れ、長引く経済の停滞、金融機関に対する反感、規制・監督当局や中央銀行への批判などです」

 その上で、バブル崩壊・金融危機が何度も繰り返される理由について、「リスク管理の甘さ、過大なレバレッジ、大きすぎて潰せない(too big to fail)とみられる金融機関の存在、金融監督の失敗、過度に緩和的な金融政策など、様々なことが挙げられています」と述べて、基本的にはそうした分析に同意しながらも、次のように主張した。

「それら個々の原因だけでは捉えきれない全体論的な視点も必要だと感じています。そのような視点に立った場合、非常に長い時間の中で発生する『自信の循環』とも呼べるものが決定的な役割を果たしていることを強調したいと思います」

「すなわち、成功が自信につながり、それがやがて自信過剰に、あるいは傲慢にさえ変質していきます。自己満足感も高まっていきます。そして、自信過剰の下で生成されたバブルが崩壊すると、自信喪失へと変わり、その後、再生に向けた努力が始まります。こうして、一連の循環が再び動きだしていくのです」

 白川総裁が言いたいのは、要するに、グリーンスパン前米連邦準備理事会(FRB)議長がバブル生成・崩壊の根源にあるものとして指摘した「人間の本性」こそ実は重要で、ただ単に金融緩和が行き過ぎたからバブルが発生するといったような話ではない、ということであろう。筆者もまったく同感である。

 今回の講演はこの先、金融危機の教訓を踏まえた金融政策運営や規制監督のあるべき姿という政策論に足を踏み入れていく。そこで一種の「隠れテーマ」になったのが、冒頭で述べたように、インフレ目標導入論に対する反論である。

 白川総裁は金融政策決定会合終了後の2月18日の記者会見で、インフレ目標採用国ではそうした政策の枠組みについて「反省機運が生まれてきている」と述べるなど(2月19日作成「インフレ目標採用国に『反省機運あり』」参照)、金融政策についての世界の直近の潮流について、何回か説明を行ってきた。インフレ目標を採用していない米国で行われた今回の講演も、その延長線上のものだと理解される。