はじめに
今年の夏、防衛省から「東南アジアにおける海上安全保障を中心とした非伝統的安全保障分野に係る能力構築支援に関する調査研究」が公募された。
その背景には、昨年末に閣議決定された「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」(新防衛大綱)の前提となっている「我が国を取り巻く安全保障環境」に関する現状認識があったと思う。
つまり「国際社会における軍事力の役割は一層多様化しており、武力紛争の抑止・対処、国家間の信頼醸成・友好関係の増進のほか、紛争の予防から復興支援等の平和構築、さらには非伝統的安全保障分野において、非軍事部門とも連携・協力しつつ、軍事力が重要な役割を果たす機会が増加している」としているところだ。
武力紛争の抑止・対処に関しては、軍事力による関与を自ら厳しく律し、集団的自衛権の行使さえ自縄自縛に陥っている我が国としては、当面、それ以外の軍事力の役割に努力を傾注し国際社会に貢献していかなければならないということだろう。
さらに新防衛大綱は、「国際社会における多層的な安全保障協力の一環としてのアジア太平洋地域における多国間協力については、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)や拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)等の枠組みなどを通じ、非伝統的安全保障分野を中心として、域内の秩序や規範、実際的な協力関係の構築に向け、適切な役割を果たす」としている。
以上の背景を踏まえ、防衛省事業としての「東南アジアにおける海上安全保障を中心とした非伝統的安全保障分野に係る能力構築支援」を想定した個人的な提案を以下に記す。
1 命題の考察
「東南アジアにおける海上安全保障を中心とした非伝統的安全保障分野に係る能力構築支援」という命題は、「東南アジアにおける海上安全保障を中心とした」という限定条件がカギであり、この点を除き防衛省のウェブサイトにある「能力構築支援とは」(次図参照)の中に、その目的、分野、内容及び具体例が示されている。
この地理的な限定条件は、明らかに東南アジアにおける海上安全保障の現状に防衛省が懸念を持っているという証しだ。
その懸念の1つは、南シナ海における航行の自由に関するものであり、南シナ海のほぼ全域(ただし明確な位置表明はない)の主権を主張している中国とその他の沿岸国との確執が、それぞれ中国との2国間関係による解決に委ねられてしまう恐れがあることであろう。
もう1つの懸念は、マラッカ・シンガポール海峡方面での「海賊行為と船舶に対する武装強盗」(piracy and armed robbery against ships)事案が後を絶たないことであり、また、物流の要である同海域が海上テロの標的になる恐れがあることであろう。
南シナ海およびマラッカ・シンガポール海峡は、中東と我が国を結ぶ海上交通路の一部であり、これらの懸念は、我が国の国益に直接関わる重大な問題である。
以上の命題に対する考察を踏まえ、前述の2つの懸念に焦点を絞って検討することとするが、その前に、9.11以降改めて再認識されるに至った海上暴力・不法行為(Maritime Violence and Unlawful Acts)および海上テロ(Maritime Terrorism)の脅威について明らかにしておく。