高度な医療技術になるほど対価はさらに高く、そこで使う医療機器にも法外な値段が付く。高額報酬を得る専門医は、結果も求められるから研究や技術に磨きが掛かる。こうして米国は世界有数の医療先進国となったのに、その恩恵にあずかれる患者は富裕層に限定され、国民全体には還元されていない。
経済協力開発機構(OECD)の統計では、2006年の米国の医療費支出は、国民1人当たり6933ドル(約64万円)、GDP(国内総生産)比では15.8%といずれも加盟30カ国中で断トツのトップ。日本でも高齢化が進み、社会保障コストの増大が問題になっているが、それでも1人当たり医療費支出2581ドル(約24万円)、GDP比8.1%と、米国に比べればずいぶん小さい。
米国で重い病気になったら大変だ。無保険者はもちろんのこと、加入者であっても、免責対象の疾病にかかれば、医療費が天文学的数字に膨れ上がる。大金持ちでもない限り、家族は看病で働き手を奪われ、収入が減って自宅を売り、最後は自己破産。高齢者・障害者向け(メディケア)、貧困層向け(メディケイド)しか公的保険が整備されていない米国では、こうした悲劇の救済はほぼ不可能だ。
法案採決時も、成立後も、国論二分
そんな異常事態の是正に道筋を付けたオバマ政権の挑戦に「歴史的な第一歩」(ロサンゼルス・タイムズ)との評価があるのは当然だ。米政府によると、医療保険改革法案の成立により、無保険者3200万人が解消される。日欧のように国が保険の運営主体となる公的保険制度にはできなかったものの、民間保険の提供で、国民の95%が加入する医療保険制度が誕生する。
ワシントンD.C.で医療保険改革法案に反対するデモの参加者ら〔AFPBB News〕
法案成立までは波乱の連続だった。「大きな政府」を否定し、政府管理の保険制度にあくまで抵抗した野党共和党は、21日夜の下院本会議で行われた法案の採決で全員が反対票を投じた。民主党も割れた。キリスト教カトリック教徒の中絶反対派は、人工妊娠中絶に対する保険適用に強い難色を示したからだ。
オバマ氏は、与党内の反対派を取り込むため、採決直前になって、人工中絶に対する政府資金の拠出禁止を定めた規制を改めて確認する大統領令を出した。これを受けて数人の民主党反対派が翻意。最終的には賛成219票、反対212票という僅差で法案は可決された。
だが、賛成への方針転換を表明した民主党議員に対しては、共和党議員が「Baby Killer(赤ん坊殺し)!」と激しいヤジを飛ばし、議場が一時騒然となった。議会前では法案に断固反対を表明する共和党支持者らが繰り返し集会を開くなど、首都は異様なムードに包まれた。

