私はこのコラムで、イノベーションと標準化との関係を様々な角度から見ていきたいと考えている。今回のテーマは「試験方法標準」と呼ばれる「測るための標準」がイノベーションに与える影響を考えてみたい。

 前回の私のコラムで取り上げた標準化は、製品の長さや重さ、性能などの仕様を決める「製品標準」と呼ばれる標準の話であった。

 その製品標準を決めるためには、それを測る方法があらかじめ決まっていなければならない。決まっていない場合は、「測るための標準」を一から作らなければならないのだ。この「物を測る方法」を決めることは、標準化の重要なプロセスである。

 なお、値を正しく測る方法は「計量」と呼ばれる技術であり、ここで言う標準化の前提となる物だ。本来一つしかない「真の値」に迫るための「計量方法」の開発は一つの大きな学問分野であり、多くの国で国家機関がその技術開発を担っている。

 当然ながら、その歴史は古く、例えば、紀元前2500年頃に造られたピラミッドの建築に当たっては、常に同じサイズの石を切り出すために、人間の肘から中指の先までの長さを基準とした「キュビット尺」という物差しが使われている。最初のキュビット尺は当時の王の腕が規準となっていたと言われているが、このように物差しとなる1つの基準を決めるのも「計量」の第一歩である。

 今回ここで取り上げる「試験方法標準」は、その計量方法を用いて「物」の仕様を決める際に、「何を、どのような条件で測るか」を決める標準だ。

 この「試験方法標準」がイノベーションと深い関係にあるのは当然だ。なぜなら、技術の進歩は、比較することができてこそ、どれだけ進歩したかが誰にも分かるようになるからだ。比較するためには、測る条件を同じにしなければならない。しかし、その効果は一定ではない。この測り方が技術の進歩を大きく左右し、イノベーションに影響を与えることがある。

「試験方法標準」が新旧製品の代替を左右する

 イノベーションには、「これまで存在していた製品を新しい製品が代替していく」場合と、「これまで全く存在しなかった製品が市場に普及していく」場合がある。

 例えばソニーの「ウォークマン」は、外出中に歩きながら音楽を聴くという習慣をつくり出したという点で、それまで市場に存在しなかった新しい製品と言えるだろう。

 しかし、ウォークマンを駆逐した携帯型MDプレーヤーや、さらにそれを駆逐したアップルの「iPod」に代表されるMP3プレーヤーは、旧来製品を代替して普及したイノベーションと言える。

 このように、新しく開発された製品が旧来製品を駆逐するのは、古い製品より「軽い」「小さい」「電池が長持ち」「音質が良い」など、「ユーザーに対する価値が高い」からだ。

 そして、ここで重要なのは、それらの価値を測る方法が決まっていることである。だからこそ比較し、知ることができるのだ。

 もちろん、デザインや質感、操作の分かりやすさなど、絶対評価ができない「価値」も多くある。だが、カタログの「製品スペック」表には、必ず他社や他機種と比較できる数字が記載されているはずだ。この比較を実現するのが「試験方法標準」である。

 どのような試験方法標準で比較するかによって、新しい製品の普及は大きく左右される。例えば「消費電力」と「寿命」という試験方法標準は、白熱灯から蛍光灯やLED灯への置き換えを急速に進めるだろう。