MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

 前述した治療経験を踏まえ、世界保健機構(WHO)の専門家会議や欧米のワーキンググループが急性放射線障害に対する治療指針を提唱している。

想定されたことがない自家移植

 過度の線量を浴びて熱傷や多臓器障害がある場合には救命できないため同種移植も不適切とする一方、低線量の場合にはサイトカイン療法で自己造血の回復を促すことが推奨されている。しかし自家末梢血幹細胞移植についての示唆はあるものの明確に指定はしていない。

 そもそも、これらの指針は通常運用における被曝事故を想定したものであり、あくまで「偶然(もしくは突発的な)事故で放射線被曝を受けた患者」を対象にしている。事前の自家造血幹細胞採取など想定されないのだろう。

 今回のように被曝可能性のある場所へあえて作業員を送り込むさいの予防策、という考え方では作られていないのだろう。

 しかし、今回起きているような作業環境下で被曝事故が起きたときに、事前に自家造血幹細胞を採取しておくことが有用か無効かを判断するための医学的根拠などない。経験がないからだ。

 作業員の自家末梢血幹細胞保存を呼びかけている谷口医師らも、自家移植がオールマイティでないことなど、もとより承知のことだろう。

 ごく弱い被曝量ならば、被曝部位にむらがあるならば、被曝していない残りの部分で造血できるから、サイトカイン療法で白血球は十分に増えてくるかもしれない。

 しかしミニ移植という手法の開発段階において、2Gy(グレイ)程度の放射線照射を全身に均等にかけるだけでも同種移植を行えるほどの(外部からの異物を拒絶できない程度の)免疫抑制がかかるということは、10年以上も前に報告されている。

 一定以上の被曝をして長期に渡り造血障害が続いたら、白血球減少中の感染症に苦慮するかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。ただの杞憂だろうか。

 血液内科医は、抗がん剤治療を受けた白血病患者の、骨髄抑制中の感染症管理に日々頭を悩ましている。臨床医は、起こり得る事態を想定して対策を講じるようにと教育を受ける。