国内の債券・短期金融市場関係者はこのところ、マクロ経済政策の関連で、2つの疑問を心に抱いてきた。財政政策については、2010年度予算編成で「国債44兆円枠」は本当に守られるのだろうか、という疑問。金融政策については、日銀がどこまで本気を出して資金供給を強化してターム物金利の上昇抑制を図っていくのか、という疑問である。それぞれについて、筆者の見解を説明しておきたい。

(1)2010年度予算「国債44兆円枠」の問題

 ここにきて急速に雲行きが怪しくなったのが、2010年度予算で国債(新規財源債)の発行額を44兆円以下に抑制するという、鳩山由紀夫内閣が掲げてきた事実上の政治目標の行方である。歳出削減や財源捻出(含む税制改正)が難航していることに加えて、連立与党である国民新党と社民党がともに、国債発行額抑制方針にこだわるべきではないという姿勢を鮮明にしたことで、この問題は追加経済対策・2009年度2次補正予算の規模と同様、財政政策としての適否ではなく、政治情勢をより重視した判断に委ねられることになった感が強い。

 平野博文官房長官は10日午後の会見で、「鳩山首相が44兆円以下の方針を示した後、ドバイ・ショックなどの情勢変化もある。それも踏まえて柔軟に基本方針を立てるべきだ」と発言した。15日頃に決定される予定の「予算編成の基本方針」には国債発行額の上限として44兆円という具体的な数字は盛り込まれないことを、強く示唆した発言である。そして11日の朝刊各紙は、「国債44兆円枠」を政府が「断念」(読売新聞・東京新聞)、「撤回」(日経新聞)、「上限外す」(朝日新聞)といった見出しで報じた。日経新聞によると、鳩山首相は9日の菅直人副総理、平野官房長官らとの会談で、「国債発行の上限額としていた44兆円は必ず守らなくてはならない『上限』とはせず『目標』などにしてほしい」と指示。この会談には藤井裕久財務相や野田佳彦財務副大臣は呼ばれなかったという。

 エコノミストとして筆者は、財政規律が維持されていることをシンボリックに示す最低限の一線(いわば「絶対国防圏」)として、「国債44兆円枠」は万難を排しても守られるべきだと主張している。世の中には、もともと「埋蔵金」頼みで無理やり守ろうとしてきた国債発行枠にすぎないのではないかという冷めた見方や、2009年度は第2次補正予算を編成する結果、53.5兆円の国債が発行される見込みになったのだから、2010年度はこれよりも減少していればいいのではないか、といった見方もあるだろう。しかしながら、そうした現状追認的な、あるいは「なし崩し」的な見方は、財政規律をしっかり維持しようとする姿勢とは、相容れないのではないか。税収と国債発行額が1946年度以来の逆転になってしまったという、敗戦に相当するとさえ言える激しい財政事情の悪化と、後世代にその負担が先送りされるという厳然たる事実を踏まえた上で、財政規律を堅持するのが正しい姿ではないかと、筆者は真剣に考えている。

 上記の平野官房長官発言が報じられた後、債券相場は若干下落していた。債券市場は徐々に、「国債44兆円枠」が守られないことを、織り込み始めているのかもしれない。

 確かに、国内になお存在している潤沢なマネーを考えると、長期金利の「悪い上昇」が持続的に発生する可能性は、当面小さい。しかし、筆者が以前のリポートで警告したように、規律の緩んだ財政運営が続けば続くほど、国債増発しても「まだ大丈夫」ということの「まだ」の長さは着実に短くなり、一種の危機が到来するタイミングが手前に引き寄せられてくることになってしまう(11月18日作成「09年度2次補正の『予定調和』」参照)。

 目先の債券相場への影響といった相対的に小さな話を超えて、「国債44兆円枠」問題と財政規律の行方を、しっかり見極めていく必要性が大である。