平家の落人が隠れ住んだ伝説が残る中国山地の山中。曲がりくねった山道の先に、高齢者ばかり7戸11人が住む「限界集落」がある。しかし、ここは衰退に任せるだけの集落ではない。こんな山中でも年間2000人が訪れる知る人ぞ知る人気の釣り堀がある。

 宣伝は近くの国道に立てたのぼりだけ。釣り上げたヤマメの塩焼きとおにぎりという素朴な食事以外には何もない釣り堀がなぜ、支持され続けているのか。20年間の夫婦ビジネスには、限界集落の生存戦略が隠されていた。

秘境の釣り堀に2000人

島根県飯南町井戸谷(ふれあい養魚場)

 釣り堀「ふれあい養魚場」がある、島根県飯南町程原。隣接する最も近い集落から5キロの曲がりくねった細い道をたどり、ようやく着いた程原は、街の喧噪から隔絶された秘境だ。

 集落を覆うように両側から山が迫り、谷川を流れる水音とセミの声だけが反響する。そのざわめきもかえって「何もない」山中の静寂さを際立たせる。

 釣り堀は、谷川の透き通った水を引き入れた7メートル四方ほどの池に、約500匹のヤマメが泳ぐ。

中国山地の山中にある釣り堀「ふれあい養魚場」

 池のそばには広島市からきた家族連れ。父親が釣り糸を池に垂らし、息を詰める。すーっと沈むウキの動きに合わせ、さおを上げると、20センチ近いヤマメが身をくねらせた。

 「釣れたーっ」

 「結構、大きいねっ」

 静かな谷に歓声が響いた。父親がヤマメをかざすと、母親と3歳くらいの男の子が喜んだ。

 家族連れが10匹ばかり釣り上げると、釣り堀の主人、安江良夫さん(76)の出番だ。釣れたばかりのヤマメのはらわたを素早く取り、手製の竹串に刺す。妻のレイコさん(67)が塩を振り、炭火で塩焼きにする。

 連係プレーはよどみない。焼きたてのヤマメをほおばる家族を、良夫さんがうれしそうに見つめた。