米国の圧力で歪められた報告書
そんな中、英ガーディアン紙は、IEAの複数の内部告発者からの情報で、「2009年版報告書は、米国からの圧力で歪められた」という記事を掲載した。あるIEA幹部は、「パニックを引き起こすことを恐れて、米国は既存の油田の減退率を低く評価し、新規油田の発見を過大に見積もることに積極的な役割を演じた」と告白。
2009年版報告書で、2030年の世界の石油生産量が日産1億600万バレルになると予想していることについても、「多くのIEAの関係者は、日産9000万~9500万バレルですら不可能と考えているが、そうした試算の公表がパニックにつながることを恐れている」ことを明らかにした。
結局のところ、研究者の本音は、政治力によって封印されたということなのだろう。
デジタル化時代に入って、技術転換のサイクルが短くなっている。例えば、音楽再生はカセットテープから、CDプレーヤー、MDプレーヤーと変化していったが、MDなどはほんの短い期間で消え、今や、ネットで購入して、携帯電話で音楽を聴く時代だ。
しかし、エネルギーシフトは、技術シフトよりもはるかに長い時間を要する。過去、最も短い期間でエネルギーシフトが行われたのは、木材から石炭への転換だった。それでも75年を要しており、エネルギー効率的に明らかに有利な石炭から石油へのシフトも約100年を要した。
さらに悪いことに、我々は今、石油よりも有利な1次エネルギー源を知らない。原子力発電の燃料となるウランのピークも2050年頃訪れるとの研究報告があり、プルサーマルなどの資源再利用は技術的課題を解決しきれてはいない。人類史上初めて、今よりも有利なエネルギー源を見つけられないまま、エネルギーシフトを迫られるという難しい局面に立たされている。
木材から石炭への転換過程では、辺境の島国に過ぎなかった英国が世界の覇権国として台頭した。石炭から石油への転換を機に、米国が頂点に立って君臨するようになった。
恐らく、今回のエネルギーシフトでも、世界の構造に変化が訪れるに違いない。この波に乗り損ねれば力を失い、波乗りを楽しむことができる者が次の時代の主役の座に就くことになるだろう。
「エネルギーシフト」に要する時間を考えると、ピークが2010年なのか、2020年なのかという議論は本質的な問題ではない。ビロル博士は、「この問題に対処するのは、早ければ、早いほど良い」と忠告している。IEAの「公式見解」だけを鵜呑みにし、「また、オオカミ少年が騒いでいる」とのんびりしている間にオオカミに襲われてしまった、という事態だけは避けなくてはならない。