エコノミストとして筆者は、日常感覚や消費者の目線から乖離しないよう努めつつ、様々な分野で進行しているデフレに注目してきた。そして、そのような経済の実情に鑑みると、長期金利は低下していくのが自然だという主張を、併せて展開してきた。300円未満という低価格での弁当販売の拡大に象徴される「食のデフレ」。1000円を大きく割り込む超低価格のジーンズが登場するに至った「衣のデフレ」。そして筆者が問題意識を最近抱いているのが、音楽ソフトの価格破壊、「音のデフレ」である。ちなみに、2009年6月に時事通信が行った世論調査によると、音楽を聴くことが「好き」と答えた人が全体の64.2%、「どちらかといえば好き」が29.2%で、合わせて9割以上に達していた。音楽は、娯楽サービス分野の代表格の一つである。

 12月7日の朝日新聞夕刊に、「1,000円CD デフレの音『1食我慢するくらいの価格』で名盤次々」と題した記事が掲載された。「主な購買層だった若者はインターネットでの安価な配信や無料視聴に慣れ、CD離れが進む。しかもこの不況で『財布のひもはさらに固くなった』と関係者は口を揃える」「通常2千円台で売られる音楽CDを千円前後の価格にして消費者をひきつけようとする、レコード店主導の仕掛けが目立つ。過去の名作が中心だが、デフレ傾向の波はCDにも及んでいるようだ」という。

 DVDレンタル最大手が、歌詞カードを省略するなどして実現した定価999円という低価格で、洋楽CD60タイトルを12月4日に発売した事例。大手レコード会社がジャズの名門レーベルの有名策100タイトルを1100円という低価格で再発売した事例。さらに、大手レコード店が輸入盤を1000円に値下げして大量販売している事例。

 3番目の例には為替の円高進行という追加的なデフレ圧力が影響していることは言うまでもないが、どうやら音楽ソフトの世界でも、価格破壊が進み始めているようである。ほかにも、街で売られている映画ソフトの安さは、驚くほどである。レンタルの価格とそう変わりがないものもある。そういうことになると、今度はレンタルの料金の方にも下落圧力が加わってくる。ここ数カ月、筆者が会員になっているレンタル大手からは、レンタル料金引き下げキャンペーンのメールが、頻繁に入ってくるようになった。

 ちなみに、指定された銘柄の価格を追い続ける日本の消費者物価統計では、こうした新しい「音のデフレ」の動きを把握することは困難である。全国消費者物価指数を見ると、2001年11月以降、「コンパクトディスク」の指数(2005年=100)は100.0のまま横ばいで推移し続けている。ちなみに、統計調査で指定されている銘柄は、「アルバム、邦盤、J-POP」である。