今どきの流行りの言葉で 「イノベーション」にかなうものはなかなか見つけにくい。ただし、イノベーション研究センターに属しているメンバーが発すべき台詞(せりふ)ではないかもしれないが、そもそもそれが何を意味するかと考え始めると、なかなか捉えどころのない代物でもあることが分かってくる。
捉えどころ(スッキリ感)のなさの一番の原因は、「イノベーション」が、事前か事後か、いずれの概念なのかハッキリしないということにある。このような状況は、「イノベーション」の元祖であるシュンペーターの原典に温故知新を試みても(少なくとも筆者には)なかなか改善しない。
「イノベーション」は過去の発見・発明・改良だけを指すのか
スッキリ感のなさを例示するために、当センターが数年前にワイガヤ方式の雑談でどうにか辿り着いた、「イノベーション」の一見まともそうな定義を俎上に上げてみよう。それは、「市場を通じて社会を変革する創造的な発見・発明・改良」という定義である。
この定義に照らし合わせると、市場を通じて未だ実現はしていないが、慧眼の科学者・技術者が「今後、社会を変革するだろう」と予想している技術は「イノベーション」と呼べるのだろうか?
実際に社会に変革をもたらしている技術であれば、即座に「イエス」と答えられる。ところが、それらが予想の段階にとどまっている限り、なかなか「イノベーション」とは呼びにくい。「イノベーション」と呼んだ途端に、百家争鳴状態になってしまうからである。
しかも、このような状況は、専門家の保有する知識の専門性・閉鎖性が高まれば高まるほど深刻化する。
そうかといって「市場を通じて、社会を変革 “した” 創造的な発見・発明・改良」だけを研究対象としていては、イノベーティブな(イノベーションの特徴を持つ)研究とはとても言えない。
生物進化の研究は予想段階も対象としている
ただし、言葉としての「イノベーション」のスッキリ感のなさ(事前・事後概念の混乱)は、どうも日本語に限ったことではなさそうである。
事実、「innovation(イノベーション)」にかなり近い「evolution(進化)」という言葉には、「evolvable(進化可能な)」や「evolvability(進化可能性)」という進化の事前の意味での潜在力を示す形容詞や名詞が存在する。