人びとに親しまれてきた魚、ウナギ。その食文化と、養殖技術向上にもつながる生態の謎の研究を前後篇にわたり紹介している。

 前篇では、鰻の食文化の歴史をたどるとともに、ニホンウナギの産卵場を探す研究の経過を東京大学大気海洋研究所の塚本勝巳教授に紹介してもらった。

 後篇も引き続き塚本勝巳教授に話を聞く。2009年に成し遂げられた「卵採取」の瞬間の実感や、その後の研究の展開を伺った。ウナギの回遊をめぐる研究の第二幕は、すでに始まっているのだ。

 東京大学大気海洋研究所海洋生命科学部門の塚本勝巳教授は、ウナギの旅の始まりと終わりの場所である産卵場を探し求めてきた。1991年の時点で「新月仮説」と「海山仮説」という2つの仮説から、「ニホンウナギは、夏の新月に、マリアナ諸島沖の海山域で産卵する」ということを推測していた。実際、この場所で卵が採れれば、これまで重ねてきた推理は証明されることになる。

 ところが、その後10年以上が経っても、卵を採るには至らなかった。塚本教授は振り返る。

 「ある人からは『卵が見つからないようだね。人間のようにウナギも胎生で生まれてくるんじゃないの』と悪い冗談を言われました。私自身、焦らなかったといえば嘘になります。でも、落胆はしていませんでした。たんたんと研究と航海を続けました」

塩分濃度が変わる「塩分フロント」に着目

 場所がかなり特定されたとはいえ、雌と雄のウナギが出合うのはその中のある一点。しかも卵の大きさは1.5ミリほどしかない。さらに、その卵は1.5日のうちに孵(かえ)ってしまう。もともと卵の採取は、大変な確率の下での作業であることに違いない。

 それでも「たんたんと」研究を続けることができたのは、それまで重ねてきた推測に確信があったからだろう。むしろ、塚本教授は生みの苦しみを楽しんでいたことさえ窺える。2005年の研究航海では、自身が「ハングリードッグ作戦」と命名した方法で、ウナギの卵に迫ることにした。こんな作戦だ。