今年の6月下旬、奇想天外なニュースがインターネットを騒がせた。記事によると、ロシアの旅行代理店がソマリア沖のクルーズを企画した。ソマリア沖といえば、わが国の海上自衛隊も派遣されているほどの海賊多発地帯。
この船も完全武装なのだが、それだけでなく、乗客に銃を持たせて、海賊を撃ち殺させるのだという。つまり、これは「海賊サファリツアー」なのだ。
文明が爛熟した果てを描いたロシア映画
このニュースを見て思い出したのが、最近発売された「ロシア革命アニメーション コンプリートDVD-BOX」に収録されている『射撃場』(1979年、ウラジーミル・タラソフ監督)という作品。
“退廃した” 資本主義の米国で、射的の的として雇われた青年の運命を描く奇抜なアニメで、ソ連時代のフリージャズをBGMに使うなど、なかなかの傑作だ。ロシア文化には、時々予言的な作品が現れるが、『射撃場』も文明が爛熟した果てを予見したのだろうか。
しかし、ロシアがいつの間にか “退廃した資本主義国” の一員となったというわけではない。海賊サファリのニュースに日本のマスコミが飛びつくことはさすがになかったようだが、ネットメディアでは、海外の珍ニュースとして流すところが出てきた。
それを読んだ人たちが口コミで伝えて広まり、一時話題になり、変だと思ったまともな人が、このニュースの元ネタ探しをやったところ、意外なことが分かった。
元々は、「ソマリア・クルーズ」というジョークサイトが火元らしい。このサイトは5月頃に開設されたと見られるが、内容はロシアとは関係なく、むしろ、「ツアー参加者の声」として載せられているのは、米国人とドイツ人なのだ。
オーストリアの新聞で “野蛮なロシア人” に変奏された
それが、6月にオーストリアの新聞が取り上げた時には、主催者はロシアの会社となり、ロシア人のコメントまで付け加えられている。これがネットを通じて、あっという間に広まったという。なお、このオーストリア紙のページには現在、記事内容が「諷刺」であり現実の話である証拠はないとの注記が英語で明確に掲げられているが、当初は目立たない注しかなかったようだ。
どうやら、力を着実に伸ばしつつあるロシアに脅威を感じているヨーロッパの誰かが、ジョークサイトのネタを元に、“野蛮なロシア人” の話へと変奏したということのようだ。しかし、元のジョークサイトよりも、ロシア人の話となったとたんにニュースバリューが出て広まったということには、注目してもいいかもしれない。
ここには、ロシア人が他国の人間からどのように見られているかが表れているように思う。そして、これを話題に取り上げた人々のロシア認識も。