2009年8月30日、総選挙の当日は雨だった。
27年前に日本へやって来た英国人の私は、車で投票所へ行った。選挙権は無いが、日本人の妻を送るためである。妻が投票を済ませた数時間後、民主党が地滑り的勝利を収めたというニュースが放映された。
しかし私が驚いたのは、周囲の日本人、つまり友人や同僚、知り合いの反応だった。政治の現場に近い者を除けば、それは「いや、何てことをしてしまったのだろう」「民主党は信頼できるのか?」「今後どうなるのか・・・」というものだった。
一方、私の最初の反応と言えば、親しみ深い日本が待ち望んでいたモノを手にしたという高揚感だ。まるで兄が進学を望んでいた学校の奨学金を獲得したか、あるいは姉がオリンピック代表に選出されたかのような・・・。
今回の選挙結果を通じて、日本は2大政党制の民主主義国家であることを証明した。日本人は世界の舞台で他の先進国と肩を並べ、新しい道が開かれたのではないか。
JBpressなどに掲載される知日家や海外メディアの論調を読むと、私と意見を同じくする外国からの声が多いことに気付くはずだ。
日本で仕事しながら子どもを育て、生活している「ガイジン」の多くは突然、日本に対する展望が明るくなった。第2次大戦後に豊かに発展した日本が、先進国の中で正式なメンバーシップを獲得したというような気持ちなのだ。
ところが日本人の友人や同僚は、新しいリーダーに対して明るい展望や信頼をさほど持っていないようだ。それどころか、自民党の惨敗に同情さえしているような気がする。
「専業主婦」サッチャーと「B級映画役者」レーガンが・・・
2009年の日本を見ていると、1970~80年代の英国や米国を思い起こす。もちろん、日本が抱える課題はストライキやインフレとは異なる性質のものだが、そうした違いを考慮に入れても共通性があるように思う。
それは、「アニマルスピリット」の欠如だ。
物事がこれから良くなっていく――。そういうシンプルで明るい見通しのことを、英国の経済学者ケインズはアニマルスピリット(日本語では「血気」と訳される)と名付けた。これこそが、経済の繁栄に欠かせない要素なのである。
英国がサッチャーを首相に、米国がレーガンを大統領に選出したのは、2人に対する信頼からではない。有権者がそれ以前の政策の失敗に失望していたからだ。
当初、サッチャーもレーガンも政治家というより、それぞれ「中流階級の主婦」や「ハリウッドB級映画の役者」と見られていた。