高温多湿な日本の風土では、「麹菌」というカビを活用した発酵食品が生まれ、長く愛されてきた。日本を代表する調味料、醤油もそのひとつだ。

 前篇では、中国伝来の保存食「醤」(ひしお)が、日本独自の発酵食品「醤油」として発展を遂げた歴史を紹介した。話を聞いたのは、東京農業大学醸造学科の舘博(たち・ひろし)教授。「醤油博士」と呼ぶ人も多い。

 後篇では、醤油づくりに欠かせない麹菌の研究から生まれた舘教授の発見と、その先に待っていた先端研究への展開を紹介したい。

 舘博教授は、東京農工大学の一島英治教授(現名誉教授)に師事していた1990年代前半、麹菌の研究で悪戦苦闘を続けていた。

 当時、醤油のうま味成分のもとが「グルタミン酸」というアミノ酸であることが分かっていた。麹菌がつくり出す“ある酵素”が、グルタミン酸をつくり出すことも分かっていた。そして、麹菌がつくりだすロシンアミノペプチダーゼと酸性カルボキシペプチダーゼという酵素が、グルタミン酸をつくり出すとされていた。

 一方、舘教授はグルタミン酸を特異的に出す酵素があるはずと考え、スクリーニングを行なっていた。だが、その酵素によって切れるはずの物質のつながりが、どうしても切れてくれない。「グルタミル・アラニル・アラニン」(Glu-Ala-Ala)という物質の、グルタミン酸(Glu)とアラニン(Ala)の間は、しっかりと結びついたまま。芳しくない結果を師匠の一島氏に報告するしかなかった。

 ところが、一島氏からは驚くべき言葉が返ってきた。「きみ、これは大発見だよ」

醤油のうま味をつくる鍵となる酵素「XPAP」

 その酵素は、舘教授が「ここで切れるはず」と考えていたグルタミン酸(Glu)とアラニン(Ala)のつながりを切ることはなかった。だが、そこではなく、アラニン(Ala)とアラニン(Ala)のつながりをしっかり切っていたのだ。一島氏は見逃さなかった。

 舘教授と一島氏は、新しい酵素を発見したのだ。麹菌が「X-プロリルジペプチジル-アミノペプチダーゼ」(XPAP)という酵素をつくり出していることを、世界で初めて示すものとなった。