2007年8月、当時修士課程の大学院生であった筆者は、日系PC周辺機器メーカーA社のタイ工場に1カ月間滞在し、調査を行った。ここではその経験をもとに、「楽しさ」に裏付けされたタイのものづくりの姿を紹介したい。

為替推移を見ると進出のメリットが低下

 タイという国に関して、いまさら筆者が多くを述べる必要はない。人口6800万人の王国であり、「微笑みの国」の通称が意味する通り、温和な民族性で知られている。近頃はタイにおける政治的混乱と暴動がクローズアップされていたが、彼らのコミュニティーに近づいて生活していた自分からすると、温和な彼らだからこそ、あれ以上被害が拡大しなかったのではないかと思えてくる。

 では、数字上でタイはどう評価できるか。バーツの為替推移を見ると、ここ数年で円に対するバーツの価値が高くなっていたことが分かる(下の図)。その一方で、1年間におけるバーツの値動きの幅も大きくなっている。昨年度は暴動によってバーツが大きく下落したが、その前から値動きの幅は大きくなっていた。

 バーツの上昇と変動幅の増大が意味することは何か。バーツの上昇は、単純に捉えれば現地従業員の賃金上昇や土地などのコスト上昇を意味し、タイの工場進出先としての魅力を低下させる。

 一方、為替の変動幅の増大は、為替リスクの増大を意味するため、これもまたタイの進出先としての魅力を低下させる。これらから見ると、近年タイは工場進出先としての魅力を失いつつあるように見える。

小集団活動から伝わってくる「楽しさ」

 ここまで、タイに関してやや悲観的な見方をしたが、筆者の主張はそこにはない。タイにはそれらを撥ねのけるような強さがあるのではないかというのが、筆者が現地滞在から感じたことである。

 筆者が滞在していたA社のタイ工場は、1万人近い従業員を抱える大工場であり、日本人は片手で数えられるほどしかおらず、タイ人が主体となって動かしている工場であった。筆者は工場のオフィスに机を借り、1カ月間従業員顔して自由に工場内をうろついていたのである。

 工場をうろついていると、タイの気質を強く感じる。ひとことで言えば「陽気」。例えば、調査のためにライン工程を観察していると、頻繁に作業者が「ニコッ」と微笑んでくれる。時にはライン全員で手を振ってくれた時があり、こちらも思わず手を振ってしまった。このような歓迎は海外工場では少なからず受けるものではあるが、筆者の経験ではタイではこのような傾向が強いと思う。さすが、微笑みの国である。

 さらにこの工場は「陽気さ」がことさら強い。それは、工場内に行きわたった小集団活動が「陽気さ」を帯びているからである。この工場では全ての従業員が小集団活動に参加して改善活動を行っているが、全員が楽しそうに改善活動を行っている。工場内の至る所に小集団活動に関するカラフルな掲示物が存在し、工場内の雰囲気を明るくしている。また、小集団活動を普及する部隊が現場を動き回り、啓蒙活動を行っていた。

 このような小集団活動を奨励したのは、日本人現地社長であった。彼は着任とともに小集団活動を徹底し、改善活動を奨励する施策を取った。現地の従業員が1万人近くいる工場では、現場の人間の力を最大限活用することが必要であり、そのためには小集団活動の徹底が不可欠であると考えたのだ。