7月28日昼、オーストラリア準備銀行(RBA)スティーブンズ総裁による、次のような発言内容が報じられた。次の一手は利下げではなく利上げになるのではないかという連想から、外為市場ではオーストラリアドルに買いが集まった。

 「他の多くの国々とは対照的に、オーストラリアが直面している景気悪化は、戦後最も深刻なものにはならないかもしれない」

 「われわれは6カ月前に比べて、(経済)見通しに対する上振れリスクを、下振れリスクとバランスするものとして、ずっと容易にイメージすることができる」

 「失業率がピークをつけて下がり始めるまで利上げを待たなければならないルールは、RBAにはない」

 日本時間の同日早朝には、米連邦市場公開委員会(FOMC)内でタカ派の代表格の1人であるフィラデルフィア連銀プロッサー総裁による次の発言が、ウォールストリート・ジャーナル紙とダウ・ジョーンズ通信によって報じられた。

 「われわれはおそらく、それほど遠くない将来のいずれかの時期に(sometime in the not-too-distant future)、利上げを始めなければならないだろうと、私は考えている」

 プロッサー総裁は、失業率は2009年の終わり近くか、2010年の初めにピークをつけるだろうと予想しつつ、利上げは失業率がまだ高い時期であっても起こり得ると警告。近い将来のインフレのリスクは心配していないものの、2010年終わりか2011年にはインフレリスクがある、とした。

 この間、英国では金融政策委員会(MPC)が7月会合で、残り少なくなっている1250億ポンドの資産購入プログラムの増額を見送ることを決定(全員一致)。イングランド銀行(BOE)のビーン副総裁は7月14日付のヨークシャー・ポスト紙インタビューで、量的緩和で重要なのは買い入れを続けるというフローの動きではなく、買い入れ総額というストックであり、これ以上のギルト債等の購入を行わなくても量的緩和の効果は期待できる、と強調した。一定額のベースマネー供給による景気・物価刺激効果が半年~1年のラグを経て経済に広く及んでくることが期待されている。日本人が抱きがちなイメージと異なり、ギルト債購入というフローの動きが債券需給の引き締まりを通じて長期金利の低下を促すような効果については、少なくともビーン副総裁の場合、あまり期待していないようである。

 このように、世界各地から中銀幹部によるタカ派的なトークが散発的に伝わってくる中で、政策金利引き上げや量的緩和終了といった形で真っ先に金融引き締めに転じるのはどの国か、という観点から書かれた記事を配信するメディアも出てきている。

 しかし筆者は、「デカップリング」論が完全に否定されており、構造不況下の米国経済の立ち直り具合を世界各国が固唾を飲んで見守らざるを得ない状況の中で、誤った(あるいは過剰な)インフレ警戒感ゆえに焦って利上げに動く国があれば、必ず失敗するだろうとみている。

 2008年7月、インフレファイターぶりをデモンストレートすべく、1年1カ月ぶりに利上げに動いた欧州中央銀行(ECB)は、それからわずか3カ月後には利下げに転じざるを得なくなるという苦汁をなめた。RBAは、2007年夏のいわゆるサブプライム危機の時期を越えて利上げを継続し、2008年3月には政策金利であるキャッシュレートは年7.25%になった。だが、「ドミノ倒し」的な世界経済の悪化からオーストラリアも逃れることはできず、同年9月以降は急速な利下げに動かざるを得なかった。

 今回の局面で、日銀の姿勢は安定している。白川方明総裁「偽りの夜明け」発言の元に、ボードメンバーが集合している構図と言えようか。6月の金融政策決定会合議事要旨には若干気になる記述もあるが、今のボードメンバーの見解はおおむね画一的であり、誰か1人の口から海外中銀並みのタカ派トークが出てくるとは、筆者には考え難い。したがって、日本の2年債利回りは安定的に推移しやすく、債券相場全体については、「頭を押さえ込まれた鯛」シナリオが妥当しやすい。「鯛の尾っぽ」の部分にあたる長期・超長期ゾーンの金利が上方に振れることはあっても、持続性に欠ける。

 秋から年末に景気「二番底」シナリオが多くの国で浮上する過程で、海外中銀幹部によるタカ派的なトークは影を潜めるのではなかろうか。そうした時期まで日銀がタカ派的な「雑音」を発することなく安定したメッセージ発信を続けることができれば、それは日銀にとって、ささやかながらも、1つの勝利ということになるだろう。