落ちた偶像。前連邦準備制度理事会(FRB)議長であるアラン・グリーンスパン氏を形容するのに、これほどふさわしい言葉はない。議長在任中は、その巧みな金融政策運営で米国経済の長期好況を演出した功労者として、内外から賞賛され続け、カリスマ的な存在となっていた。

 ところが、住宅バブルの崩壊が未曽有の金融危機と世界景気後退につながると、バブルの発生・膨張を見過ごした「主犯」の1人として強い批判を浴びることになり、ついには議会の公聴会で、「私は過ちを犯した」と、涙目で言わされる羽目に陥った。

 かつて「マエストロ(巨匠)」と呼ばれたグリーンスパン氏に対する評価の暴落とともに、バブルの生成・崩壊に対して中央銀行はどのような姿勢を取るべきかという問題点について、世の中の論調は「グリーンスパン離れ」を起こしつつある。

 グリーンスパン氏は、資産バブルの生成・崩壊やその後の金融危機は、金融政策によって予防するのが現実問題として難しいので、バブルが崩壊した後に事後処置として金融緩和を迅速かつ急激に行って経済への悪影響を最小限に食い止めるのが最善の対応だとする政策運営方針(いわゆる「グリーンスパン・ドクトリン」)の主唱者である。

 米国では現在、業態を超えた金融機関の一元的な規制監督体制をつくりあげるための議論が本格化しつつある。白川方明日銀総裁は5月13日にロンドンで行った講演「金融危機の予防に向けて」の中で、次のように述べていた。

 「現在の危機の前には、たとえバブルが崩壊しても事後的に積極的な金融緩和を講じることによって経済の急激な悪化は避けられる、という見方が政策当局や学界の中で広く受け入れられていました。ただ、私自身は懐疑的でした。しかし今や、危機が長期化するに連れて、こうした見方は急速に後退しています」

 しかし筆者は、グリーンスパン氏の言い分には引き続きかなりの説得力があるのではないかと考えている。米国内外の経済・金融市場の動向を人一倍長く、しかもマニアックに見てきた「年輪」のような知識や、中央銀行トップとしての豊富な経験を、侮ってはなるまい。そもそもの話として、最近は世の中で毀誉褒貶が激しすぎる。持ち上げては落とす、ではなく、その人の実績をじっくりと時間をかけて評価してほしいものである。