北朝鮮による2009年5月25日の核実験を非難する国連安保理決議第1874号が、6月12日に採択された。それ以降、米政府は北朝鮮に圧力を掛けるため、金融制裁を重視する政策へ転換した。財務省は北朝鮮の金融機関や貿易会社への金融制裁を相次いで発動。7月初めには異例の政府代表団を中国とマレーシアに派遣した。2005年のバンコ・デルタ・アジア事件がもたらした予想以上の制裁効果に目覚め、オバマ政権は金融面で北朝鮮を締め上げようと急速に傾斜している。
2009年6月17日、北朝鮮西海岸の港・南浦から、1隻の貨物船が出港した。その名は「カンナム1号」。ミャンマーに輸出する大量破壊兵器関連の部品を積んでいると言われる。
その錆だらけの船体をぴたりと追うのが、横須賀の米第7艦隊所属アーレイ・バーク級駆逐艦「ジョン・S・マケイン」。つい数週間前、東シナ海で中国の潜水艦との間で曳航するソナーブイが、軽い接触事故を起こしたばかり。だから、中国の潜水艦も北朝鮮の貨物船を追尾しているかもしれない。息詰まる三つ巴の追跡劇が展開されているのか。
国連安保理決議第1874号では、新たに船舶に対する貨物検査が認められた。大量破壊兵器関連の部品などの積載が信じられる合理的な根拠を示す情報があれば、旗国の同意を得て公海上で船舶検査ができる。
しかし旗国・北朝鮮が、貨物検査に同意するはずもない。1874号決議は、旗国が当局検査のために適切かつ都合のよい港へ航行することを決定すると定めているが、それも望み薄だろう。自国のメディアを通じ、北朝鮮が貨物検査を「戦争行為の開始」と宣言しているからだ。この状況で、米政府はどう出るのか。そして中国は? 関係する誰もが、憂いを込めて事態を見つめ続けた。
キューバ危機再来? 今回も「謎の転針」
在ワシントンのある安全保障関係者は、1962年のキューバ・ミサイル危機を思い出したという。
ワシントンやニューヨークを核ミサイルの射程内に収めるキューバに向け、ミサイル関連部品を運び込もうとするソ連の貨物船。大規模核戦争へのエスカレーションに世界中の緊張が高まり、当時のケネディ政権は米海軍によるソ連の貨物船の検疫実施を決めた。
2009年7月6日に逝去したマクナマラ国防長官(当時)が陣頭指揮を執り、警告射撃が始まった。核戦争の恐怖に各国が固唾を呑んで見守る中、ソ連の貨物船は静かに航路を転針、帰国の途に就き始めた。第3次世界大戦が回避された瞬間だった。
「カンナム1号」も6月28日、香港の南約400キロのベトナム沖で航路を北へ転針。7月6日には、出航した港・南浦へ帰還した。今再び、「謎の転針」である。