6月も後半になると、モスクワの街をトーポリ(ポプラ)の綿毛が舞う。場所によっては、初夏の街に雪でも降っているかのような不思議な光景が広がる。この季節のモスクワに、私はたびたび足を運んでいる。

モスクワ国際映画祭とソビエト文化の空間

 モスクワ国際映画祭はこの時期に開催される。今から50年前の1959年から今日まで続く、伝統ある映画祭だ。今年は残念ながら自ら足を運ぶことができなかったが、参加した山田和夫氏から聞かせてもらった話が興味深かったので、いくつかの特徴的な事柄を紹介したい。

 第31回モスクワ国際映画祭は、2009年6月19日(金)から6月28日(日)までの会期で行われた。オープニング上映は、パーヴェル・ルンギン監督の新作『ツァーリ(皇帝)』。16世紀ロシアの皇帝イワン4世(雷帝)を描いている。エイゼンシュテイン監督の『イワン雷帝』に見られるように、厳しく残酷な独裁者というイメージが強いが、ルンギンの作品ではいささか頼りなげな感じの人物像となっている。

オープニング作品『ツァーリ』に出てくるイワン雷帝(左)とフィリップ府主教(右)

 むしろ、そのライバル的存在でロシア正教を率いるフィリップ府主教を、この5月に亡くなったベテランのオレグ・ヤンコフスキーが演じていて、貫禄を見せている。この皇帝と府主教との組み合わせから、何らかの諷刺を意図したものとも取れなくもないが、このような皇帝伝のようなものをオープニングに持ってくるのは興味深い。

 このルンギン監督が審査委員長を務める形で、メーンのコンペティションが行われた。今年は16作品がコンペに参加したが、そのうち3本はロシア映画。旧ソ連諸国からは、ウクライナ、グルジア、さらに東欧からポーランド、ブルガリア、ハンガリーの作品が集まり、これで全体の半分を占めている。

 残りは、イスラエル、メキシコ、イラン、イタリアといった、ソ連時代からの関わりが深い国々と、日本、韓国、米国からの作品が入っている。ドイツは、グルジアとの合作という形で名前が入っているものの、そのほかのヨーロッパ諸国や中国語圏が入っていない。

 今回は、世界不況の影響もあって資金繰りのメドが立たず、映画祭の準備が遅れたこともあろうが、ソ連時代のコネクションを生かす形で作品集めが行われたような印象が強い。

高く持ち上げられるグルジア

 クロージングは、繁華街のトヴェルスカヤ通りの中心部に近いプーシキンスキー映画館で行われたが、そこでは旧ソ連諸国とその衛星国の受賞が突出した格好となった。大賞、審査員特別賞、最優秀男優賞をロシアが取り、最優秀女優賞をウクライナが取っている。