言うまでもなく、金融市場はそれを直ちに織り込んだ。筆者が発表前に意見を聞いたアナリストの中には「これで景気底打ちは確実」とまで言い切る者もいて、市場に与える悪い意味でのサプライズは完全に打ち消されていた。
それどころか、米株式市場では、メディアが検査結果の事前報道を始めた頃から、金融株が揃って急騰。10社中で最大の資本不足を指摘されたバンカメの株価(8日終値)は、1カ月前の2倍に跳ね上がる奇妙な事態になった。
景気底打ち期待を醸成
ある米投資ファンドの幹部は「政府の完全な情報操作」と言い切る。
米国の住宅価格は2006年半ばをピークに下がり続けているが、今年2月頃に下落ペースが鈍化した。新築、中古ともに住宅販売が前月比でプラスに転じる月も出始めた。4月に8.9%と25年7カ月ぶりの高水準に達した失業率も、非農業部門就業者数の減少幅は53万9000人と、前月の69万9000人からは大幅に縮小している。
ニューヨーク株価、9000ドルの大台回復は近い?〔AFPBB News〕
遅行性の強い住宅や雇用関連の指標の持ち直しで、景気底打ち期待は否が応でも高まる。そこへ、バーナンキ議長ら当局者が講演などを通じて、米景気の年内反転見通しを繰り返し強調するのだから、投資家心理が改善しないはずはない。
このため、クライスラー破綻や大手金融機関10社への増資要請という相場の下押し圧力となるバッドニュースが重なったにもかかわらず、ダウ工業株30種平均は終値ベースで8500ドルを4カ月ぶりに回復。「近いうちに9000ドルを試す」(中堅証券)との声も、もはや少数派ではない。
問題先送りの対症療法
旧知のエコノミストは「当局は景気が年内に底打ちすることに賭けている。そのタイミングまで、金融市場が今の水準を保つためには、何でもするだろう」と指摘する。オバマ政権も発足100日が過ぎ、今後は野党やマスコミが厳しい視点で政策成果を検証してくる。だからこそ、政府は市場の活況をみすみす失うわけにはいかないのだ。
ウォール街を訪れた日本の元財務省幹部は、「日本は政策の目的がどんなに正しくても、政治家への根回しを含めた手続きを誤れば政策は実現しない。米国は目標を決めたら、矛盾する手段でもがむしゃらに打ち出す。正当性は後から理屈を付ければ済んでしまう」と皮肉交じりに語る。
ストレステストの結果、金融機関の現時点のバランスシートに問題がないなら、不良資産買いり取制度は不要だ。時価会計基準の緩和も必要ない。だが、政権はこれでもかと政策を繰り出し、疑問を挟もうとする市場を黙らせる。それは取りも直さず異常事態が続いていることの証明だ。
ある市場関係者は「景気の悪化速度が弱まっていることと、景気が回復し始めたことは、全く違う」と警鐘を鳴らす。不況下では金融機関の不良資産は増加し、それを見越して新規貸し出しは抑制される。
ましてや大手金融機関の半数は増資を急いでいる状態だ。金融機関の不良資産処理はこれからが正念場。そして、GMの経営問題も新再建計画の提出期限である6月1日に向けて注目度が高まるのは必至だ。
先行き不安の芽を摘みまくる当局の対症療法の裏で、問題の抜本的な解決は先送りされている。