旧統一教会が韓国に作った“宮殿”
韓国の京畿道加平には、旧統一協会が建設している巨大な宮殿がある。山の上にそびえるその建物は、遠くから見ても圧倒的な存在感を放っている。そこは韓国の軽井沢のようなところで、近くを通ったことがあるが、その規模を見ると、そこに投入された資金が尋常ではないことは一目で分かる。筆者が初めてその姿を見た時は、「日本人から集めた金で、ずいぶんとデカいものを作ってくれたものだな」と思った。
しかし興味深いのは、これほどの資金が存在したにもかかわらず、旧統一教会が韓国社会の中で、強い文化的ブランドを形成したようには見えないことである。
韓国という国は「ブランド力」という言葉が好きな国である。国家を挙げてグローバル産業になりそうなものを支援し、韓国ブランドの価値を高めるために莫大な資金を投入してきた。それと比べると、旧統一協会の事業は巨大な資金を持ちながらも、社会の中心的存在になったとは言いがたいように見える。
宗教の自由という観点から見れば、今回の解散命令は確かに重い処分である。刑事事件を起こしたわけでもない宗教団体に対して、国家がここまで踏み込むことには慎重であるべきだろう。実際、旧統一教会の二世信者たちが「自分たちの居場所を奪わないでほしい」とデモで訴えている様子を報道で見たとき、筆者は言葉にできない思いになった。親の信仰によって生まれ育った彼らには、何の責任もないからである。
日韓両国の狭間に身を置く筆者の子供たちは、自分自身のアイデンティティの葛藤という必修科目を履修しなければならない。幼少期を日本で過ごした長男は、長い間葛藤しながらも、自分で答えを見つけることができた。しかし下の子たちはまだ小学生で、この先どのような価値観を見出すかは未知数だ。
筆者にとって、旧統一教会の二世信者の物語は、他人事とは言えないのだ。