東北地方太平洋沖地震の被害が国家的災害規模であることが明らかになるにつれ、自衛隊の主任務である防衛出動以外の任務の重さが隊員の肩に重くのしかかっている。

派遣開始から16年目を迎えたPKO

ハイチ国際緊急援助隊3次隊(2010年9月)

 その1つである国際平和協力活動(PKO)は、派遣開始から今年16年目を迎えたゴランPKO第31次隊43人が派遣され引き継ぎを開始している。

 さらには1992年UNTAC(国連カンボジア暫定機構)派遣から19年が経つが、PKO派遣5原則のままに、武器の使用基準が現場の隊員の立場になって見直されつつあるとはいえ、国連標準いわゆるBタイプの武器使用は我が国では認められていない。

 このような中、2007年国際平和協力活動などの本来任務化を果たしたことは大変喜ばしい。

 現在、ゴラン高原UNDOF(45人)のほか、国連ハイチ安定化ミッション(350人)、ジブチ派遣海賊対処航空隊(50人)へも部隊派遣が行われている。またスーダンUNMIS(2人)、ネパールUNMIN(6人)、東チモールUNMIT(6人)の個人派遣などがなされている。

 これらの任務を継続させるため派遣編成・準備及び訓練のために約半年の準備日数が必要なことから、実際は派遣人員の2倍以上に当たる隊員が常時国際平和協力業務を担当していると言っても過言ではない。

 実にその数800人以上である。我が国の歴史に大地震・津波災害として明記されるこの国難に際し、現状では国際任務従事中の部隊へ任務続行、あるは一部縮小、撤収の判断基準が、国として曖昧である。

 2009年6月アフリカPKOセミナーにメンターとして招聘された際に、国際平和協力活動派遣に関し、日本国として明確な判断基準(CRITERIA)設定の必要性について痛感し、本稿の最後にその私見を述べる。